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夜更けにこっそり家を抜け出し、自転車に乗って駅前へ向かう。
この町で一番にぎわっている駅前の商店街には、お酒を飲む店が何軒かある。にぎわっていると言っても、テレビでよく見る都会のネオン街と比べたら、足元にも及ばないさえない場所だ。
それでもこの町に住む大人たちは、夜になると酒場に集まってきて、それなりに繁盛はしているようだ。
映画館もカラオケもないつまらない町だから、他に遊ぶ場所もないんだろうけど。
自転車を歩道の隅に止めて、錆びついたガードレールに腰かける。ここからなら、ヨシノさんに聞いた店がよく見えた。蒼太が出てきたらすぐにわかるはずだ。
肌に当たる夜風はもう涼しかった。ついこの間まで、ギラギラと照りつけていた日差しが懐かしい。
薄暗い街灯の下、酔った大人たちを横目で見ながら、僕はこんな所で何をしているんだろうと考える。
蒼太に会って、どうするつもりだ。プールサイドで別れた時、僕は偉そうなことを言ったくせに、情けなくあいつの前で泣いてしまった。今さら、どんな顔して会えばいいんだ?
ため息をついて頭を抱えた。やっぱりこのまま帰ろうかと思った時、僕の名前を呼ぶ声がした。
「真尋? なにやってんの?」
顔を上げると蒼太がいた。
「お前のこと、待ってたんだけど」
「待ち伏せかよ? 気持ちわりー」
蒼太が僕の前で笑った。おかしいほど緊張していた自分がバカみたいに思えて、僕も蒼太の前で笑っていた。
真っ暗な川沿いの道を、自転車を押しながら蒼太と歩く。
「蒼太、お前、チャリは?」
「パンクした」
「……後ろ、乗るか?」
蒼太が僕の一歩先で、肩を震わせて笑っている。
「お前、おれのなんなんだよ? 彼女か? 彼氏か?」
「お、おれは……朱里がお前を心配してるから来ただけだ」
「ふうん」
僕のことを振り向かずに、蒼太はいつものようにそう言った。僕は少し小走りになって、そんな蒼太の隣に並ぶ。
「引っ越すって聞いたけど……ほんとかよ?」
「ほんとだよ」
蒼太が前を見たまま答える。
「うちの親、やっと正式にリコンすることになってさ。母親が新しい男と、別の町にアパート借りるんだって。おれ、そこに居候させてもらおうかと思って」
「……それ、イヤじゃないか?」
「イヤだよ。でも、あの父親とここに残って、陰口たたかれながら暮らす方がもっとイヤだ」
蒼太の家が複雑なのは、誰よりも知っていたつもりだった。けれど僕は、必死に蒼太を引き留めようとしていた。
「せめて、高校卒業するまで我慢するとか……」
「おれ勉強嫌いだし、お前らみたいに部活に打ち込んでるわけでもないし。学校辞めて、働こうかと思ってる」
「働くったって……そんな簡単なことじゃないぞ?」
「お前よりはわかってるつもり」
「それに……それにお前がいなくなったら……朱里が寂しがる」
僕の声が暗闇の中にぽつんと響く。それは蒼太の耳に届いただろうか?
涼しい風が吹いて夏草が揺れた。自転車の車輪がカラカラと回る。
「おれはさ……」
僕の隣で蒼太がつぶやいた。
「おれはきっと、逃げたいんだと思う。この場所から、朱里から、兄ちゃんから、お前から……逃げ出したいんだと思う」
かすかに川の流れる音がする。子供の頃から聞きなれた、どこか懐かしくて優しい音。
「ごめんなぁ、こんなやつで」
ふざけた調子でそう言ってから、蒼太はゆっくりと僕を見た。
「ほんとに、ごめんな……真尋」
その時見た蒼太の顔を、僕は一生忘れられないと思う。




