「ずるいずるい!」と言いながら私のものを欲しがる妹が人の夫まで奪おうとしたのですが
実験作です。
アリシアの妹のリリアナは、とんでもない欲しがりっ子だった。
欲しがりっ子、と言えば聞こえは可愛い。けれど、リリアナの場合は少し違う。彼女が欲しがるのは、美しいドレスや宝石だけではなかった。誰かが褒められれば、その言葉を欲しがった。誰かが大切にしているものがあれば、それを欲しがった。誰かが幸せそうに笑っていれば、その幸せまで自分のものにしたがった。特に、姉であるアリシアのものは、昔から当然のように欲しがった。
アリシアが新しいリボンを貰えば、リリアナは「お姉様だけずるい」と涙ぐんだ。アリシアが母に褒められれば、リリアナはわざと失敗して注目を引いた。アリシアの友人が屋敷へ遊びに来れば、いつの間にかその間に入り込み、まるで自分の友人であるかのように振る舞った。そうして最後には、周囲が決まってこう言うのだ。「お姉様なのだから、少しくらい譲ってあげなさい」と。
だからアリシアは、譲ることに慣れていた。ドレスも、髪飾りも、両親の関心も、欲しがられれば少しずつ手放してきた。もちろん、すべてを奪われたわけではない。けれどリリアナは、アリシアが大切にしているものほど欲しがり、手に入らないと分かれば泣き、拗ね、周囲を味方につけるのが上手かった。
そんなアリシアが北国へ嫁いだのは、もうしばらく前のことである。
嫁ぎ先であるクライゼン家の当主ローゼンは、南国でも少しは名の知られた人物だった。北国の領主。若くして家を継ぎ、厳しい土地を治めている無口な男。戦乱を越えた人で、笑うことも少なく、雪国のように冷たい雰囲気をまとっているらしい。
そんな噂を聞いた時、リリアナは内心で少し笑った。
お姉様には似合わないわ、と思ったのだ。
アリシアは明るく、人の顔色をよく見て、相手に合わせてしまうところがある。リリアナからすれば、それは都合の良い優しさだった。少し泣けば譲ってくれる。少し拗ねれば折れてくれる。少し可哀想な妹を演じれば、周囲もアリシアに我慢を求める。そんな姉が、無口で怖そうな北国の領主とうまくやっていけるとは思えなかった。
きっと寂しくなる。きっと困る。きっと南国にいた頃の方が良かったと思う。そうなれば、アリシアは少しずつ弱っていくはずだった。北国の寒さに馴染めず、夫の冷たさに傷つき、遠い土地で一人だけ取り残されたような気持ちになる。リリアナは、そんな未来をどこかで想像していた。
そして、それを少しだけ楽しみにしていた。
ところが、蓋を開けてみると違った。
アリシアの結婚生活は、思っていたよりずっと円満だった。手紙には、北国の厳しさだけでなく、雪の美しさや、屋敷の人々の優しさや、ローゼンがしてくれた小さな気遣いが綴られていた。寒い朝には温かい茶を用意してくれること。慣れない土地で疲れた日は、無理をしなくていいと言ってくれること。花が少ない季節には、北国でも育つ花を探してくれたこと。文面から伝わるアリシアは、寂しそうでも、不幸そうでもなかった。
むしろ、幸せそうだった。
それが、リリアナには気に食わなかった。
なぜ、アリシアが。なぜ、姉が。南国にいた頃は、自分が欲しがれば譲ってくれた姉が。いつも少し困ったように笑いながら、自分の望みを飲み込んできた姉が。どうして遠い北国で、自分だけの居場所を得ているのか。どうして怖いはずの夫に大切にされているのか。どうして、リリアナの知らない場所で、リリアナの手が届かない幸せを持っているのか。
それは、ずるいことのように思えた。
リリアナにとって、アリシアはいつまでも「譲ってくれる姉」であるべきだった。自分より先に幸せになる姉など、面白くない。ましてや、自分が触れることもできない北国で、周囲に大切にされ、夫に愛され、奥様として居場所を築いているなど、許しがたいことだった。
お姉様だけ、また良いものを持っている。
リリアナは、そう思った。
そして一度そう思ってしまえば、もう止まらなかった。アリシアが持っているものは、自分も見てみたい。できることなら、奪ってみたい。北国の屋敷も、使用人たちからの信頼も、冷酷領主と噂される夫からの愛情も、すべて本当にアリシアに相応しいものなのか確かめてやりたかった。
だからリリアナは、北国へ行くことにした。
理由はいくらでも作れた。久しぶりに姉に会いたい。遠くに嫁いだ姉が心配だ。北国の暮らしを一目見てみたい。両親にそう言えば、反対されることはなかった。むしろ「姉妹なのだから、顔を見せに行くのも良いだろう」と言われた。
「お姉様が心配なの。きっと、慣れない土地で無理をしていると思うのよ」
そう言いながら、心の中では別のことを考えていた。
本当に幸せなのか、見てあげる。
もしお姉様だけが良いものを持っているのなら。今度も少しくらい、譲ってもらってもいいでしょう。
と。内心ほくそ笑んでいたのだった。
◇
その頃、北国のクライゼン家では、アリシアが手紙を片手に目を丸くしていた。
「えーーー! 妹が来るの!?」
思わず声が裏返った。いつものアリシアなら、多少のことではここまで驚かない。けれど、ローゼンから渡された手紙に書かれていた内容は、さすがに予想外だった。差出人は南国の実家。内容は、妹のリリアナが姉を心配して北国まで訪ねてくるというものだった。
ローゼンは向かいの椅子に座り、少し申し訳なさそうにアリシアを見ていた。
「そうなんだ。どうやら数日前に出された手紙みたいで、日数から考えると今日来るみたいなんだ」
「ええ今日!?私、何も準備していないわよ。全くうちの妹ったら……」
アリシアは手紙をもう一度見下ろした。何度読み返しても、書かれている内容は変わらない。姉が心配だから訪ねる。久しぶりに顔を見たい。北国の暮らしがどのようなものか知りたい。文字だけ見れば、妹らしい可愛らしい言葉が並んでいる。けれど、アリシアはリリアナをよく知っていた。
あの子は昔から、思い立ったら周囲の都合などあまり考えない。自分が行きたいと思えば来るし、欲しいと思えば手を伸ばす。しかもそれを、悪いことだとはあまり思っていない。
「急すぎるわ。せめて到着の三日前には知らせてくれないと」
「君が心配しなくて大丈夫だよ。必要なものも用意するから」
「ローゼン、そういうところは本当に頼りになるわね」
「そういうところだけ?」
「ふふ、嘘よ。いつも頼りにしているわ」
アリシアがそう言って笑うと、ローゼンはほんの少しだけ目を伏せた。照れているのだ。彼は普段、領主としては冷静で隙がないのに、アリシアが素直に褒めると時々こうなる。顔にはほとんど出さないつもりなのだろうが、アリシアにはもう分かっていた。耳の先が少し赤い。
アリシアは思わず微笑んだ。こういうところが好きなのだ。言葉は少ないけれど、こちらをちゃんと見てくれるところ。困った時には何も言わずに手を貸してくれるところ。
ローゼンもまた、アリシアには返しきれないほどの借りがあるように思っていた。もちろん、アリシアはそんなふうに考えられることを望まないだろう。借りだとか、恩だとか、そういう言葉で二人の関係を測られることを、きっと少し寂しそうに笑って否定する。けれどローゼンにとって、アリシアはただの妻ではなかった。戦乱の中で多くの戦友を失い、領主として立ち続けるために失った物を少しずつ愛で埋めてくれた大事な人だった。
かつてのローゼンは、自分の幸せをどこか遠いものだと思っていた。領地を守ること。失った者たちに恥じないように生きること。残された者を支えること。それだけで十分だと考えていたし、それ以上を望むのは、どこか悪いことのようにすら感じていた。けれどアリシアは、そんな彼の前に当然のように現れて、当たり前のように笑い、当たり前のように心配し、当たり前のように隣へ立った。
「ローゼンは、もっと自分を大事にしていいのよ」
そう言われた日のことを、彼は今でも覚えている。アリシアにとっては、何気ない一言だったのかもしれない。けれどローゼンにとっては違った。自分の命も身体も、領地のために使うものだと思っていた彼に、アリシアは初めて、貴方自身も大切なのだと言ってくれた。誰かを守るためだけではなく、誰かに守られてもいいのだと、そう教えてくれた。
だからローゼンは、アリシアを大切にしたかった。言葉で愛を語るのは、今でも得意ではない。甘い言葉をすらすら並べられるような男ではないし、アリシアが望むほど器用に気持ちを表せている自信もない。けれど、寒い朝には温かい茶を。疲れた夜には静かな時間を。南国の花を恋しがった日には、北国でも咲く花を。彼女が少しでも安心して笑えるように、できることなら何でもしたかった。
「それで、私は全く知らないのだけど、妹はどんな人なんだい?」
ローゼンがそう尋ねると、アリシアは分かりやすく困った顔をした。うまく笑いきれていないような、少し言いにくそうな気配がそこにあった。
「ええと。実を言うと、私、あんまり彼女のこと好きじゃないのよね……」
その言葉は、アリシアにしては珍しくはっきりしていた。彼女は人の悪口を好んで言う人ではない。多少困った相手でも、良いところを探そうとするし、言葉を選ぶ。そんなアリシアが「あんまり好きじゃない」と口にするのだから、ローゼンは少しだけ目を細めた。
「……?じゃあ、なんで彼女が北国に来るんだい?」
「それは……来たら分かると思うわ」
どうやら、アリシアは心の底から再会を喜んでいるようではなかった。
◇
それから数時間後の夜遅くにリリアナはクライゼン家の屋敷へ到着した。
幸いにも、手紙を読んですぐに馬車が門前へ現れたわけではなかった。そのため、客室を整え、暖炉に火を入れ、南国から来た客人が身体を冷やさないよう厚手の膝掛けを用意するくらいの余裕はあった。使用人たちは慣れた様子で動き、玄関広間には迎え入れるための準備が整えられていく。急な来客であるにもかかわらず、大きな混乱が起きなかったのは、クライゼン家の使用人たちが優秀だったからであり、ローゼンがすぐに必要な指示を出したからでもあった。
ただ、リリアナが来るというのに、アリシアは部屋から出てこなかった。
アリシアは「準備が整ったら行くわ」と言っていたが、その声にはいつもの明るさが少し足りなかった。彼女が本当に妹との再会を楽しみにしているのなら、きっと真っ先に玄関まで向かっただろう。けれどアリシアはそうしなかった。客人を迎える奥様としての役目を放棄したわけではない。ただ、ほんの少しだけ、心を整える時間が必要だったのだ。
やはり、相当会いたくなかったのだろう。
ローゼンは、それをひしひしと感じていた。
南国から来た馬車は、北国の屋敷の前で止まった。扉が開き、まず従者が降りる。続いて、明るい色の外套に身を包んだ令嬢が姿を現した。リリアナは北国の冷たい空気に一瞬だけ肩を震わせたが、すぐに可愛らしい笑みを浮かべた。姉を心配して遠くからやって来た妹。そう見えるように振る舞うことに、彼女は慣れているのだろう。
ローゼンは玄関広間の前で、静かに彼女を迎えた。
「初めまして、ローゼン様!リリアナと申します」
リリアナは両手を胸の前で重ね、ぱっと花が咲いたように微笑んだ。声は明るく、仕草も愛らしい。寒い北国へわざわざ姉を訪ねてきた妹としては、申し分のない挨拶だった。
「遠路はるばるよく来た。私はローゼン・クライゼンだ。以後よろしく頼む」
ローゼンは礼儀正しくそう告げた。
「あら、アリシアお姉様は?」
リリアナは首を傾げるようにして、玄関広間の奥へ視線を向けた。
「アリシアは、準備していると聞いている」
ローゼンがそう答えると、リリアナは少しだけ目を瞬かせた。それから、すぐに残念そうな笑みを作る。
「それは残念ね。せっかく来たというのに」
「長旅で疲れただろう。まずは客室へ案内させる。身体を温めてから、改めてアリシアに会えばいい」
「まあ、お優しいのですね」
リリアナはぱっと笑った。
「北国の領主様と聞いていたので、もっと怖い方なのかと思っていましたわ」
「確かにそう思われることは多いのかもしれないね」
「でも、全然違うのですね。安心しました」
リリアナは柔らかく微笑みながら話を続けた。南国での暮らしや旅の話。そのどれもが他愛のない内容であったが、視線だけは何度もローゼンへ向けられていた。笑うたびに少しだけ距離を縮め、その言葉には必要以上の親しみが込められている。
しかし、しばらく話しているうちに、妙な違和感を覚える。
これは、もしかすると口説かれているのではないだろうか。
そんな考えが頭をよぎった。
もちろん勘違いかもしれない。相手はアリシアの妹である。自意識過剰だったら申し訳ない。だが、万が一にも誤解を招くような態度は取るべきではない。男としても人としても。
「ありがとう。ただ、私は妻がいる身だからね」
ローゼンは穏やかな口調のまま、やんわりと一線を引いた。
「そうでしたわね」
リリアナは一瞬だけ笑みを止めたものの、すぐに何事もなかったように微笑み直した。
その時だった。
「ローゼン、貴方……まだ起きていたのね。てっきり横で寝ていたかと……あら?」
聞き慣れた声に、ローゼンが振り返る。
「アリシア……まさか寝ていたのかい……!」
そこにはアリシアが立っていた。
しかも、寝間着姿である。
淡い生成り色の寝間着の上に薄い羽織を一枚だけ重ね、長い髪も軽くまとめただけ。急いで部屋を飛び出してきたのだろう。羽織の前は少し乱れ、肩口から寝間着が覗き、胸元も少しだけ開いていた。
アリシアはそのままローゼンの隣まで歩いてくると、リリアナには聞こえないほど小さな声で囁いた。
「勿論嘘よ。可愛い可愛い妹が貴方を口説こうとしているのを聞いて、いてもたってもいられなくなったのよ」
ローゼンは思わず目を見開いた。
「だからといって寝間着の姿で……!それに服もはだけてるじゃないか」
「わざとよ、わざと。欲しがりな妹に見せつけてやるわ」
アリシアは悪びれもせず、むしろ少し楽しそうに囁いた。
ローゼンはしばらく言葉を失っていたが、やがて困ったように眉を寄せる。
「見せつけるにしても、もう少し別のやり方があるだろう」
「これが一番分かりやすいもの」
「君は時々、とても大胆だね」
「貴方が鈍いからよ」
そう言って、アリシアはローゼンの腕へ自分の腕を絡めた。寝間着姿のまま、何のためらいもなく身体を寄せる。ローゼンは一瞬だけ固まったものの、すぐに彼女の肩へ手を添え、ずれかけていた羽織をそっと直した。
「今晩は私に任せて頂戴。ローゼンは部屋で休んでいていいわよ」
「でも……大丈夫かい?」
「大丈夫よ。これは姉妹の問題だから。家庭内の事情で貴方に迷惑をかけたくないもの」
アリシアはそう言って、安心させるように微笑んだ。けれどローゼンは、すぐには頷かなかった。リリアナの言動に何か引っかかるものを感じているのだろう。アリシアを一人にして、本当に問題はないのかと考えているのが分かる。
やがてローゼンは、小さくため息をついた。
「分かった、分かったよ。遅くならないでね」
「ええ」
アリシアは満足そうに頷くと、ローゼンの腕からそっと離れた。そしてリリアナにも聞こえるよう、わざと少しだけ甘い声を出す。
「じゃあ、また寝室でね?」
ローゼンは一瞬だけ言葉を失ったが、すぐに視線を逸らした。耳の先が、またわずかに赤くなっている。
「……ああ。また後で」
そう言い残し、ローゼンは部屋へと戻っていった。
しばらく、二人の間には沈黙が落ちた。ローゼンの足音が完全に聞こえなくなったところで、リリアナがようやく口を開く。
「あらあら。随分と久しぶりじゃない、お姉ちゃん?」
「貴方が私のことをそんなふうに呼ぶなんて、初めてだわ」
アリシアは寝間着の胸元を整えながら、冷静に答えた。幼い頃ならともかく、リリアナが成長してから彼女を「お姉ちゃん」と呼んだことなどほとんどない。普段は人前で姉妹仲の良さを装う時でさえ、「お姉様」と呼んでいたはずだ。
「心配しているから来たっていうのに……そんな言い方は酷いんじゃない?」
「残念だけど、貴方の魂胆はお見通しよ。さしずめ、私の旦那を奪いに来たのでしょう?」
遠回しに探り合うつもりはなかった。リリアナが何を考えているのか、アリシアには最初から分かっている。あの子は昔から変わらない。アリシアが大切にしているものを見つければ、それが本当に欲しいかどうかも考えずに手を伸ばす。
するとリリアナは驚くどころか、可笑しそうに笑った。
「奪いに来たって? 言い方が悪いわね。私は誘っているのよ?」
あまりにも悪びれない返事だった。
アリシアはしばらく黙って妹を見つめた。多少は誤魔化すと思っていた。姉を心配して来ただけだと言い張り、ローゼンとの会話も偶然だと笑うものだと考えていた。けれどリリアナは、隠す必要すらないと思っているらしい。
「姉の夫を?」
「夫だからって、他の女性から誘われてはいけない決まりはないでしょう?」
「普通は誘わないのよ」
「でも、選ぶのはローゼン様だわ」
リリアナは当然のことを話すように言った。自分が声をかけたところで、選ばなければローゼンの責任。応じれば、それは姉より自分の方が魅力的だったというだけ。そこに自分の非など一つもないと、本気で信じているのだろう。
昔からそうだった。欲しがり、手を伸ばし、相手が困れば可愛らしく首を傾げる。奪われた側が傷ついても、選んだのは相手なのだから自分は悪くないと言い張る。
けれど、今度ばかりは昔のようにはいかない。
「そう。なら、好きに誘えばいいわ」
アリシアがあっさり答えると、リリアナは意外そうに目を瞬かせた。
「止めないの?」
「止める必要がないもの」
「随分と自信があるのね」
「ええ。貴方が何をしても、彼は応じないから」
アリシアは迷いなく言い切った。リリアナの笑みが、ほんのわずかに固まる。
「それは、やってみなければ分からないでしょう?」
「いいえ。分かるわ」
これは強がりではない。ローゼンが自分を裏切らないと、アリシアは知っている。彼は不器用で、時々驚くほど鈍いけれど、大切なところでは決して間違えない人だった。
だから、リリアナのことを心配して寝間着姿で飛び出してきたわけではない。
妹に、はっきり見せておきたかったのだ。
ここはもう、欲しがれば何でも姉から譲ってもらえた南国の実家ではないのだと。
◇
そこからというもの、滞在期間中のリリアナのアプローチは凄まじかった。朝食の席では当然のようにローゼンの近くへ座ろうとし、廊下で会えば「せっかくですから屋敷を案内してくださいな」と甘え、執務室の前では「北国のお仕事に興味がありますの」と理由をつけて足を止める。ローゼンが外へ出ると知れば、自分も散歩へ行きたいと言い出し、彼が好きだと聞いた料理を厨房に頼もうとまでした。
人の夫を自分のものにしようと思う根性だけは、大したものだと言わざるを得ない。しかもリリアナには、姉の夫を奪おうとしているという後ろめたさがほとんどなかった。ローゼンが応じれば自分の方が魅力的だったということ。応じなければ、まだ姉に遠慮しているだけ。都合の良い解釈を重ねながら、彼女は何度断られても懲りずに近づいていった。
「ローゼン様、今日は領都へ行かれるのでしょう? 私もご一緒してもよろしくて?」
「アリシアも行くなら構わないよ」
「お姉様はお忙しいのではなくて?」
「なら、今日はやめておこう」
そんなやり取りが一度や二度ではなかった。二人きりになろうとすれば、ローゼンは必ずアリシアを誘った。アリシアが行けないなら、自分も行かない。食事に誘えば「妻にも聞いてみよう」と返し、庭を歩きたいと言えば「アリシアが好きな場所がある」と、結局は妻の話になる。
そして、アリシアもまた、リリアナの前だからと遠慮することはなかったという。ローゼンの隣に座り、時折その肩へ寄り添いながら、二人にしか分からないような会話を楽しんでいたらしい。
それでもリリアナは諦めなかったのだが、やはりアリシアとローゼンが同じ部屋で寝ているという事実は、どうにも効いたらしい。
昼間なら、まだ隙を狙えると思っていたのだろう。けれど夜になれば、ローゼンは当然のようにアリシアと同じ寝室へ戻っていくのだ、そんな場所に入る隙もない。
結局、愛の牙城が崩れる事はなかったのだった。
◇
そして数日後。
リリアナは、半分拗ねたような様子で南国へ帰ることになった。
「もう少し北国を見て回られると思っていたのだけれど」
アリシアが穏やかに言うと、リリアナはぷいと顔を背ける。
「十分見たわ。思っていたより寒かったもの」
「そう」
「……また来るかもしれないわ」
「ええ。その時は歓迎するわ」
最後まで、アリシアは笑顔を崩さなかった。
馬車へ乗り込む直前、アリシアは「少しいいかしら」とリリアナを呼び止める。
そして妹の耳元へ顔を寄せ、小さく何かを囁いた。
その瞬間だった。
「なっ……!」
リリアナの耳が、みるみる真っ赤に染まる。
「お、お姉様っ!」
慌てて距離を取るリリアナに対し、アリシアはにこりと微笑むだけだった。
「気を付けて帰ってね。また南国で会いましょう」
リリアナは恨めしそうに姉を見つめたものの、結局何も言い返せず、そのまま馬車へ乗り込んだ。
やがて馬車はゆっくりと屋敷を離れ、南国へ向かって走り去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、アリシアは小さく息を吐いた。
「これでもう、少しは懲りてくれるといいのだけれど」
そう呟いたアリシアは、そっと自分のお腹へ手を添えたのだった。
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