三日目-2-
ルドウィクは、前日と同じく『全要塞からの完全撤収』を回避するための代案を提示しつづけた。
しかしロハン首相の態度は、柔らかく受け流しつつまるで受け入れるそぶりはないままだった。
唯一、休戦期間に関してのみ、ルドウィクの提示する二十日間という期間に対して、当初十日間という条件を十四日までは延長してもいい、という回答を引き出せた。
それ以外はまるで平行線のまま、会議は休憩時間を迎えた。
会議場と左右の待機場所は、それぞれ廊下への扉があり、そこからトイレや給湯室へ向かうことができた。
お互いの書記官や官吏たちが席を外すなか、マリエルも一度廊下へ出た。
夕べは早めに休んだし、疲れは残っていないはずだった。
往路の蒸気自動車だって耐え抜けたはず。それでも背中がこわばってしまうのは、会議の空気のせいだろうか。
これを涼しい顔で乗り切っているルドウィクを、改めて尊敬する。
用を済ませ戻ってくる途中、ラバルナ語で雑談している声が耳に入った。
────廊下の角。その向こうに、共和国側の人間がいるらしい。
マリエルはそっと歩調を落として、ゆっくりと近づいた。
角を曲がったところに、共和国側の書記官たちが集まっていた。
気づかれぬように、そっと歩いていく。
「────カレドニア以外に、アクィタニアも?」
「らしい。講和会議に介入してくるって噂だ」
「議会でも議題に上がったらしいな。主戦派もあせって────」
(議会?介入?)
気になる単語に耳をそばだてる。
しかし、周囲にはほかにも歩いている人がいる。ここで立ち止まるのは不自然だし、怪しまれてしまう。
しかたなく、マリエルはそのまま歩いて、彼らの横を通り抜けた。
それに気づいた書記官たちはぎょっとして一斉に黙り込んだ。
マリエルは会話が聞こえていない風を装って、軽く会釈をしながら近づいていく。
じっと、値踏みするような、警戒するような目線。
しかし、声はかけてこない。
じっと汗ばむ手のひらを隠しながら、マリエルは通り過ぎた。
その後、背後から書記官たちが低い声で話すのが聞こえた。
「今のは?」
「帝国側の通訳だろ」
「聞かれたか?」
「まさか。あれはカレドニア語の通訳だ。ラバルナ語まではわからないだろ」
その後もなにかを話していた様子だったが、距離が離れたために聞き取れなくなってしまった。
ホッとしながら、同時にマリエルは悔やんだ。
(もう少し、上手くやればよかった────)
マリエルは嘆息しながら思った。
今聞きとれた単語だけでは、雑談の全体像が掴めない。
マリエルは、そのまま帝国側の待機所に戻り、ルドウィクを目で探した。
ルドウィクは書記官たちとなにやら話をしている。
(今の話を、お伝えすべきだろうか────)
たまたま耳に入っただけとはいえ、共和国側の事情を推測できる材料になるかもしれない。
しかし、聞きとれたのはいくつかの単語だけ。
(カレドニア。アクィタニア。講和会議に介入。議会でも噂)
不確定すぎる。これは、わざわざルドウィクを呼び止めてまで伝えるべき情報だろうか。
逆にルドウィクを惑わせてしまわないだろうか。
情報の真価がわからない。判断できない。
今、ルドウィクがしている大事な話を遮ってまでの価値があるかどうか。
────そのとき。
マリエルが迷っているうちに休憩時間の終わりを告げるベルが鳴ってしまった。
(どちらが正解だったのだろう────)
悔やみながら、マリエルは自分の役職のいるべき席へ急いだ。
────それが、後にどんな影響を与えるかなど、そのときのマリエルは考えもしていなかった。




