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三日目-1-

●講和会議 三日目

 会談の場所は、昨日よりも少しリラックスした雰囲気が漂っていた。

 すでに三日目だからだろうか、とマリエルは思った。場慣れしたような、それが当たり前に感じられるような、そんな感覚だった。

 小声とはいえ書記官たちは雑談しているし、椅子に座る姿勢もだいぶ砕けている。

 それは会談場を挟んだ反対側も同じようで、共和国側もだいぶゆるい空気になっている様子が見て取れた。


 マリエルは、こわばった表情を手で揉みほぐしながら、会談場脇の待機スペースで会議の始まる時間を待っていた。

 蒸気自動車のあの振動だけは、どうにも慣れそうにない。

(会議の始まる時間までに、切り替えなければ────)

 そう思いながら、ふと共和国側に出入りする、官吏らしき人物に目が止まる。

 官吏は慌ただしく共和国の首相と外相になにかのメモを手渡している。

(なにか至急の報せ────?)

 気にはなったが、さすがにここからでは会話は聞き取れない。

 そうしているうちに、時間を知らせるベルが鳴った。


「"開始いたします"」

 共和国の事務官がそう宣言すると、くつろいでいた両国の書記官たちが一斉に姿勢を正した。

 すでに、共和国の首相と外相、そしてルドウィクと外交長官も席についている。

 マリエルはその後ろの通訳の席に座り、深呼吸した。


「"それでは、前日に続いて休戦条件の確認から────"」

「"失礼、その前に"」

 ルドウィクが口を開いたところで、オーシン外相が止める。

「"休戦交渉に関する重大な情報ですので、先にお伝えさせてください。

 昨日、我が共和国軍がベハイト港を占領したとの連絡が、今しがた届きました"」

 ルドウィクの表情が一瞬驚きにゆがむ。

 背後にいた書記官たちも一斉にざわつきはじめた。


 ベハイト港の名前が出た瞬間、マリエルは背筋が冷えたような気がした。

 帝都まで三日。そんな距離にある都市を落とされるということの意味は、マリエルにもすぐに分かった。

 マリエルは、昨夜の執務室でルドウィクと交わした会話を思い出していた。



※※※



「共和国から帝都までは、かなり距離がある」

 ルドウィクは、少しリラックスしている様子でそう切り出した。

 マリエルにしか聞こえないような、低く小さな声。

 マリエルは湯気の立つ紅茶を、そっとルドウィクの前に置く。

「はるばる陸路を移動してくる共和国軍にとって最大の敵はこの距離だ」

 ルドウィクは書類を鍵付きのカバンに収めて、緊張を解くかのように、ふっと息を吐いた。

 マリエルは背筋を伸ばしたまま、ルドウィクの言葉に耳を傾ける。

「この遠い距離を、食料や弾薬を運んでこなければならない。

 そのための人員や道中の安全を確保するためのに警備兵力も必要になる。つまり────」

 ルドウィクは紅茶を一口含んで、ゆっくりと味わう。

 そして、どこか遠くを見るような目で続ける。

「時間をかければかけるほど、共和国軍は疲弊する。

 休戦を引き出し、時間を稼げば……状況を立て直す余地ができるかもしれない」

 マリエルは、トレーを手に持ったままじっとルドウィクの隣で待機する。

 いつでも、ルドウィクの指示に応えられるように。

「だが、共和国もこの問題に気づいている。

 最も不味いのは、敵に港を押さえられることだ」

「港、ですか?」

 マリエルは少し首をかしげる。

 共和国との主戦場は、だいぶ内陸に入ったあたりのエリアだ。海はもちろん、大きな船が入れるような河川もない。

「港を抑えてしまえば、そこを拠点に補給が受けられるようになる。

 多少遠回りでも、たとえばベハイト港あたりを占領すれば、共和国にとってメリットは大きいだろう。

 念のため、守備隊を配置するように指示は出してあるが────」

 そこまで話して、ルドウィクの目線がマリエルに戻ってきた。

 眉を下げ、申し訳なさそうにルドウィクは言った。

「……すまない、仕事が終わったのにこんな話を」

「いえ」

 マリエルはすぐに首を横に振った。

 ルドウィクが、仕事の話をこんなふうにしてくれたのは、初めてだった。

「閣下のお役に立ちたいのです。どんなことでも、お教えください」



※※※



(それが……陥落……?)

 背後のざわめきを感じながら、マリエルはルドウィクに目を向けた。

 ここからでは、ルドウィクの表情はうかがえない。

 マリエルはそっと唇をかんだ。


「おい」

 外交長官がいらだった声を上げた。

「なにが起こっている。通訳をしろ!」

 固まってしまっていたマリエルは、慌てて今の外相の発言を通訳した。

「なんだと!」

 短く、外交長官は吐き捨てるように言った。

「ベハイトを失陥するなど、前代未聞の失態ではないか!宰相閣下の責任は免れんぞ!」

(なにが────!)

 務めて、怒りを表情に出さないようにしながらマリエルは思った。

 この期に及んで責任論を最初に出してくるこの老人は、本当に帝国のためを思って動いているのだろうか。


 ルドウィクは官吏を一人呼び、帝国からの電信がなかったかを尋ねた。官吏は黙って首を横に振る。

 眉をひそめながら官吏を待機所に戻し、指を組んでじっとなにかを考える。

「"このまま続行いたしますか?"」

 外相が気遣うような声で言った。ルドウィクは首を振る。

「"その情報は、こちらでは確認できていません"」

 ルドウィクはちらっと背後の待機所、そしてマリエルを見た。そして、再びテーブルに目線を戻す。

「"構いません。このまま会談を続けましょう"」

 外相は、少し驚いた表情をする。しかしロハン首相は顔色一つ変えずに、笑顔のままうなずいた。

「"わかりました。では予定通り、会談をはじめましょう"」




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