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十四日目-2-

 ホテルに到着したとき、ちょうどロハン首相が訪れてきていた。オーシン外相も一緒だ。

 玄関前に車寄せされた馬車から降りてくる二人を見かけて、ルドウィクは思わず姿勢を正した。


 怪我を押して、車椅子から立ち上がろうとするマリエルを、ロハン首相は慌てて止めた。

「"どうぞお構いなく。非公式なご挨拶ですので"」

 首相は穏やかな笑みを見せながら、車椅子のマリエルに一礼する。

 そして、ルドウィクへと向き直った。

「"本来なら、明日の出航をお見送りしたいところだったのですが、すぐにラバルナ首都まで戻らなければならない用事ができてしまいましてね"」

「"とんでもありません。お気遣い、ありがとうございます"」

 ルドウィクは頭を下げた。

 それを見て、首相はにっこりと微笑む。

「"講和会議では、いろいろありましたが"」


 その言葉に、ルドウィクは思わず苦笑する。

 いろいろ、で済ませるには、あまりにも多くのことがあった。

 脳裏に、これまでの記憶がよぎる。


 休戦条件の交渉。続く講和条件の擦り合わせ。

 帝国の『講和への誠意』を疑わせる工作。

 介入しようとする列強諸国へのけん制。


 そのどれも、言葉一つ、表情一つで大きく変わってしまう。

 そのくらい神経を削るようなやりとりばかりだった。


「"結果がどのようなものであっても、あなたも私も、国のために誠心誠意を尽くしただけのこと。

 ……あなたのような若い人物が帝国に居るのならば、帝国も共和国も、共に手を携えて発展していけるでしょうな"」

 そう言って、首相は目を細める。

 老獪さと、わずかな優しさが、目の奥に垣間見える。

「"……国の違いがなければ、あなたとは友人として出会いたかった"」

 その言葉に、ルドウィクは柔らかく笑う。


 ────マリエルが倒れ、絶望に沈んでいたとき。

 『私は、肩書のためにここにいるわけじゃない。国の『メンツ』と『プライド』を背負って立つ、という覚悟があって来ている』

 あの言葉で、ルドウィクは自分の背負ってきたものを思い出した。

 ……思い出せた。

 同じ、《《覚悟》》を背負うものとして。


「"あなたのような人物が帝国にいて下さればどれほど心強かったか。あなたを政治家として尊敬している"」

 ルドウィクは、そう返した。

 外交辞令としては、良くない表現かもしれない。

 それでも、これはルドウィクの本心だった。


 オーシン外相は、にっこりとマリエルに笑いかけた。

「"ぜひ、またおいで下さい。美味しいお菓子をごちそういたしますよ"」

「……っ」

 一瞬顔が引きつるマリエル。

 どんなやり取りがあったのかまでは、わからない。

 しかし、まるで全身が固くなるような反応に、よほどのことがあったのだろう、とルドウィクは思った。

「"そ、その折は、ぜひ……"」

 マリエルはひきつった笑顔で、そう答えた。

 オーシン外相は、いたずらっぽく笑った。


「"それでは、失礼いたします"」

 ロハン首相は、一礼し、左手を差し出した。

 それは、同じく国を背負う者への、激励に思えた。

「"はい。お元気で"」

 ルドウィクはそう返す。

 そして、首相の手を力強く握り返した。




 去っていく二人を見送り、ルドウィクとマリエルはホテルへ戻った。

 ロビーに入るなり、書記官が電信を持って追いかけてきた。

「先ほど届いた電信です」

 差し出された電信を受け取り、さっと目を通す。


 そして……ルドウィクは、プッと噴き出した。

「あの、老人……」

 思わずこぼれたつぶやきに、マリエルがキョトンとした顔でルドウィクを見上げる。


 電信の内容は、カンパニアからのものだった。

 そこには、仲介から手を引くこと、その理由として、今回の襲撃事件を受けてカレドニアとアクィタニアが本格的に介入に動き出したことが書かれていた。


(まったく、あの国はいつもタイミングが悪い────)

 講和成立が公表されるのは、今日の午後だ。

 とはいえ、講和が成ってからこの電信を送ってくるのが、実に間が悪い。

 それに。


 ロハン首相は、列強が介入に本腰を入れだしたことを事前に知っていたのだ。

 だから、講和条件を突然緩和した。

(────まったく、なにが『銃撃事件を鑑みて』だ)

 ……なにが『覚悟を見せてもらった』だ。

 全部知ってて、わかった上で条件を引き下げてきたんじゃないか。


 あの局面で突然条件を引き下げてきたわけがわかった。

 譲歩のタイミングも、その理由付けも、全部、なにもかも、計算づくだった。

 あのとき、自分にかけた発破の言葉も。

 すべては、講和を急いで結ぶためのものだった────。


(いや────)

 ふと、ルドウィクは思った。

 もしかしたら。

 あのときの言葉だけは。

 もしかしたら、ほんの少しだけ、本音が入っていたかもしれない。

 そう、思いたい。

 ────と、思ってしまうことがすでに、ロハン首相の手の内なのかもしれない。


「まったく、食えない老人だ」

 ルドウィクは、明るく笑った。


 ホテルでは、帝国の使節団が慌ただしく出立準備を始めていた。

 廊下を行き交う足音。荷物をまとめて運び出す喧噪。その指示を飛ばす声。


 ────明日、帰国の船がくる。

 それは、一つの戦いの終わりを意味していた。




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