十三日目-1-
●講和会議 十三日目
「"それでは、会議を再開いたします"」
共和国の書記官が、声を張り上げる。
それと同時に、帝国・共和国双方の書記官たちが一斉にペンを走らせはじめた。
紙の擦れる音、インクの匂いが、会議場に広がっていく。
ルドウィクは、ちらっと隣の席に目を向けた。
今日は、帝国側には自分しかいない。
いつも小うるさい外交長官も、後ろにいるはずの通訳も、誰もいない。
包帯の下の、肩の傷がうずいた。
(……関係ない)
自分に言い聞かせるように、ルドウィクは心の中でつぶやいた。
自分が背負っているもののために、守りたい人のために、今日ここに居る。
ルドウィクは静かに顔を上げ、すっと手を上げた。
「"まず、『フリジア地域の帝国の統治権のラバルナへの一次的譲渡』、『フリジア及び周辺からの帝国軍の全撤退と軍事施設の全撤去』また『ラバルナ軍およびラバルナ人民への被害の全額保証』についてはこれを受け入れることを明言いたします"」
淡々とした口調。
しかし、その条件の一つ一つを、身を削るような思いで決断してきた。
議会の継戦派。講和派。
自分の保身しか考えない貴族たち。政敵を蹴落とすことが主目的の、中身のない議論。
どこまで譲れるか。譲れない線はどこか。
今語っているのは、そうして見つけ出した結論だ。
共和国側の反応は、落ち着いている。
ここまではすでに前回の会議で決めたところだ。
「"そのうえで────"」
ルドウィクは、ゆるぎない態度で、続けた。
「"『当戦役におけるラバルナが費やした戦費の帝国の全額負担』及び『帝国のラバルナへの戦時賠償金』のさらなる減額を要求いたします"」
ルドウィクは、まっすぐ正面────ロハン首相を見ながら、思った。
ここからだ。
何度でも粘ってやる。
自分には、帝国の『メンツ』と『プライド』がかかっている。
オーシン外相が、手元のメモを首相にそっと見せる。
首相はそれを一瞥して、しばし考えた後、短くうなずいた。
そして、ゆっくりと手を上げた。
「"共和国として、まず今回の事件に対して改めて遺憾の意を示します"」
言いながら、一礼する。
一国の首相として、一分の隙もない、儀礼として完璧なしぐさ。
そして、首相は続ける。
「"ついては、今回の事件を鑑みて講和条件を大幅に緩和することを決定いたします"」
帝国側の書記官が、ざわっと揺らめく。
ルドウィクは内心驚きながらも、表情はどうにか平静を保った。
(────緩和?)
ここに来て、緩和?
なにを考えている?なにが狙いだ?
気を引き締めながら、ルドウィクは続きの言葉を待った。
「まず『フリジア地域の帝国の統治権のラバルナへの一次的譲渡』、『フリジア及び周辺からの帝国軍の全撤退と軍事施設の全撤去』。
そして『ラバルナ軍およびラバルナ人民への被害の全額保証』に関しては、依然変更はありません"」
ロハン首相は、穏やかな表情のまま続けた。
「"そして────『当戦役におけるラバルナが費やした戦費の帝国の全額負担』に関してはこれ以上の譲歩はできかねます"」
ルドウィクは一瞬顔をしかめる。
共和国側の戦費の負担は、戦勝国であることを示すための当然の権利でもある。
そこは緩和しない?
……ということは。
「"ただし、代わりに『帝国のラバルナへの戦時賠償金』の五割までの減額を認めます"」
「えっ」
小さく声が漏れてしまった。慌てて口をつぐむ。
思ったよりも譲歩してきた────。
最初に浮かんできたのは、そんな印象だった。
五割。これならば、帝国議会の要求する条件を満たしている。
頭の中で、賠償金の総額を計算する。
連日、何度も計算しなおした数字を、頭の中で組み替えていく。
帝国の税収。既存の対外責務。
列強に借款を申し込んだ場合の負担。
(────説得が、できる)
これならば、議会の要求にもギリギリ応えることができる。
……帝国の『メンツ』と『プライド』を、守ることができる。
同時に、『戦費負担』を譲らないことで、共和国としては『戦勝国の権利』を手に入れることができるわけか────。
……さすが、ロハン首相。
うまいラインをついてきたな、とルドウィクは思った。
もっとも、最終的には帝国議会に打診し、皇帝陛下を説得する工程が残っている。が、それは帝国内でのこと。
講和が成立してしまえば、そこから先は貴族たちの権力闘争との戦いになる。
少なくとも帝都を占領されるような、『帝国にとって致命的な状況』は回避することができる。
ルドウィクの胸に希望が湧いてきた。
ルドウィクは、再び手を上げ、発言する。
「"その条件で、受諾いたします"」
その言葉と同時に、会場内はペンが走る音が満たされる。
ルドウィクの回答に、首相は満面の笑みを浮かべた。
それを見て、ルドウィクの肩から、ふっと力が抜けた。
戦争が、終わった。




