十二日目-1-
●講和会議 十二日目
朝の光に、ルドウィクは目を覚ました。
天井のラバルナ風の模様が、自分のいる場所を嫌でも思い出させる。
ゆっくりと上体を起こす。右腕は、まだまともには動かせない。体を動かすだけで鈍い痛みが背中に走る。
指先には、ぬるっとしたあの感触が、まだ残っている。
温かいものが、冷めていく、広がっていく、あのぞっとするような感触。
鼻の奥にこびりつく、鉄のような匂い。
────マリエルの、命の成分。
ルドウィクはベッドから立ち上がる。
頭がふらふらして、立っているのかどうかすらよくわからない。
いつもの服に着替えようと、半ば機械的に体を動かす。
服の袖を通すだけで痛みが走る。ボタンを止めるのに、やたらと時間がかかる。
上着がやけに重たい気がする。毎日こんなものを着ていたのか、と他人事のようにルドウィクは思った。
ふと、床に転がっているブローチに気づく。
帝国宰相の紋章。それに気づいて、ルドウィクは自虐的にふっと笑った。
────たった一人を守れなかった者に、国家を背負う資格など。
遠慮がちなノックの音がして、若い書記官が朝食のトレーを持って入ってきた。
執務机の前で立ちつくしたまま、ルドウィクはトレーを机に置くように、とだけ言った。
「あの、閣下」
伝えようか迷うように、書記官が言った。ルドウィクは黙って書記官のほうを向く。
「先ほど、病院から連絡があって────」
その言葉を最後まで聞く前に、ルドウィクは走り出していた。
※※※
「"今は、まだ眠っています"」
坂を下ったところにある、大きな病院。
冷たい石造りの廊下の奥にある、無機質な一室で、マリエルの担当医師がルドウィクを出迎えた。
初老の医師は、無表情に説明をはじめる。
「"受けた弾丸は二発ですが、どちらも急所は外れていました。
弾丸の摘出を行い、手術は無事に成功しました。
……ただ、体力をひどく消耗しているためか、意識がまだ戻っていません"」
無事────。
その単語の意味をようやく頭が理解したとき、ルドウィクはその場に崩れ落ちるように膝をついた。
(────助かった)
喉につかえていたなにかが、ゆっくりと溶けていく気がする。
……一度は、守れなかったもの。手の届かない場所で失ってしまったもの。
今度も、絶対に手放したくなかったもの。手の中にあって零れ落ちそうだったもの。
それに、かろうじて指先が届いたような感覚。
自然と、涙がぽろぽろと零れ落ちる。
(────だが、まだ意識が戻っていない)
その事実に、胸の中に黒く重たい感覚が広がっていく。
「"意識は、戻るんだな?"」
すがるように、ルドウィクは顔を上げて医師に言った。
医師は少し顔をしかめ、慎重に言葉を選んで答える。
「"現状、問題はありません。いずれ────"」
「"いずれとは、いつだ!"」
問い詰めるように、半ば叫ぶように、ルドウィクは声を上げながら立ち上がった。
同時に、背中に鈍い痛みが走り、顔をしかめる。
医師は困ったような表情で、ルドウィクをなだめるように言った。
「"患者の体力次第なので、今のところはなんとも……ですが、それほど時間はかからないかと"」
冷静で、落ち着いた口調。
事務的だが仕事をこなす人間の声。
そのことに、ルドウィクは自分が取り乱した姿を見せてしまったことに気づいた。
感情をぶつけるべきではない相手に、声を荒げてしまった。
この医師は、自分の大切な人を治療してくれているというのに。
……治療のプロとして頼るべき相手に、なんという醜態を。
(────今の自分は、ただ泣きわめくことしかできない)
どうしようもない無力感に全身が包まれる。
ルドウィクは肩の力を落として、うつむいた。
「"すまない……彼女を、頼む"」
力なくそう告げて、ルドウィクは部屋を出た。




