十一日目-2-
「閣下に命中した弾丸は、肩の骨には当たらず、通り抜けていました」
白衣の医師が、淡々とした口調で語る。それを隣に立っている男が、帝国語に訳してルドウィクに告げた。
「止血はしましたが、痛みは残ります。包帯が取れるまではなるべく腕を動かさないようにしてください」
ルドウィクは、呆然としたままうなずいた。
その言葉、単語の意味。
ただそれが、頭の中で自分のことと結びつかない。
ホテルの医務室で、ルドウィクの応急処置は終わった。
肩からは派手に血が出たが、見た目よりは傷は軽い、とのことだった。
右肩には厚く包帯がまかれ、金具で固定されている。
体をわずかに動かすだけで、肩の奥に脈拍と一緒にズキズキと痛みが走る。
その痛みすら、ルドウィクにとっては他人事のように感じられた。
痛み止めの薬を渡され、ルドウィクは解放された。
医務室に一人残されたまま、ルドウィクはただぼんやりとなにもない空中に目を向けていた。
入ってきた書記官たちは、ルドウィクの様子を見て愕然とした。
そしてとりあえず、ルドウィクを私室に連れ戻そう、ということになったらしい。
ルドウィクは書記官たちに支えられながら、どうにか私室に戻ってきた。
書記官たちは不安に顔を見合わせながら、事件のその後についての報告をはじめた。
あのあと。
蒸気自動車は、撃たれたマリエルを乗せたまま病院に向かっていった。
ルドウィクは二号車に乗ってホテルまで戻ってきた、らしい。
そのとき同行していた書記官からも説明を受けたはずだが、ルドウィク自身はなにも覚えていなかった。
銃撃犯は、その場で取り押さえられた。
犯人は、家族とフリジアに移り住んでいた共和国人だった。
帝国軍によって家族を殺され、この講和によって帝国がそれを「無かったこと」にしようとしている、と信じ込み、講和使節の襲撃に及んだ、と聞かされた。
短銃は数日前に近所で購入したもの。
そして、港町ではめずらしい蒸気自動車に乗っている人物を狙った、ということだった。
続けて書記官は、共和国側からすぐに使者がやってきたと報告した。
事件について遺憾の意を表し、国内最高の医師団と看護師を集める。そして、ルドウィクの怪我が安定するまでは講和会議を中断すると、伝えてきたという。
それらの報告を、ルドウィクはどこか遠い国の出来事のように、聞いていた。
不安そうな表情を浮かべたままの書記官たちが事務所エリアに帰っていったあと、ルドウィクは執務机の椅子に腰を下ろした。
背もたれに肩が当たり、痛みがじわりと強くなる。今はただ、その痛みの感覚すらうっとおしいだけだった。
動く方の左手で、顔を覆う。
そのまま、目を握りつぶすかのように、手に力を込めて、握り締める。
何度も、何度も。
あの瞬間の光景が、頭の中でくりかえされる。
────なぜ、あのとき。
自分が窓の外を見ていなかったのか。
自分が先に銃撃に気付けていれば。
マリエルを隣の席になど誘わなければ。
そうしたら、あの弾丸は自分だけに向けられていたはずなのに。
……そんな、どうしようもない後悔だけが繰り返し湧き上がってくる。
※※※
それまで、幸せそうに微笑んでいたマリエルの目が、不意に大きく見開かれたとき。
ルドウィクは、その理由にすら気づいていなかった。
同時に鳴り響いた、轟音。空気を切り裂くような衝撃。そして、ガラスの割れる音。
ルドウィクは右肩に強い衝撃を感じ、そして焼けるような痛みを覚えた。
そして、なにが起こったのかすらわからないまま、マリエルに強い力で引き倒された。
続く、二回の発砲音。しかし今度は、自分には痛みは来なかった。
そして、車体後部にいた警備兵が飛び出していく音。
周囲からあがる悲鳴。
揉み合う音。ラバルナ語の罵声。
────そんな周囲の音は、意識の外に遠ざかっていった。
何度も、マリエルの名を呼んだ。
マリエルの背中から流れ出る、暖かく赤い液体が、マリエルの衣服に、自分の手に、床に広がっていく。
マリエルは微かに目を開け、微笑んだ。
────無事で、よかった……と。
※※※
どうしようもない感情をぶつける先が見つからず、ルドウィクは左手で何度も何度も、自分の髪をかきむしった。
爪の間に赤いものが混じるのも構わずに。
声にならない嗚咽が、喉からあふれ出る。
(なにが、帝国宰相だ。なにがワルターベルク家だ)
ルドウィクは、宰相服につけられていた紋章を力任せに引きちぎった。
────帝国宰相の地位を表す、ワルターベルク家の紋章。
(たった一人の女性すら、守れなかったくせに)




