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十日目-4-

「宰相閣下」

 ホテルに戻ってきたルドウィクは、ロビーに入るなり呼び止められた。

 一瞬うんざりしながら、ルドウィクはゆっくりと顔を向ける。


 先に蒸気自動車を降りていた外交長官が、ルドウィクを待ち構えていたかのように歩み寄ってきたのだった。

「……なにか」

「講和会議の代表を交代していただきたい」

「……ほう?」

 抑えた声でそう返し、ルドウィクは冷ややかに相手を見据える。

 周囲にいた官吏たちが、不安そうにこちらの様子をうかがっている。

「なんの権限があって、そのような要求をする?」

「閣下こそ、国家の命運を背負うほどの権限がおありなのでしょうか?」

 下卑た目つき。

 外交長官の目が、いやらしく光る。

 その表情は、これから相手を蹴落としてやるという、暗い喜びに満ちていた。


(────これだから)

 ルドウィクはため息をつく。


 これだから、帝国貴族どもは度し難い。

 自身の権力のため、政争のため。

 国家の一大事でさえ、優先事項は自らの利益。


 呆れた表情を隠そうともせずに、ルドウィクは言った。

「……私は皇帝陛下より、この講和会議における全権を委任されている」

「それはもう、無効です」

 勝ち誇った声で、外交長官は一枚の文書を広げて見せた。

 継戦派議員の連名で『ルドウィク・フォン・ワルターベルク宰相を弾劾する』という内容だった。

 周囲が、一斉にざわつく。

 不安そうにお互いの顔を見合わせる者、他の書記官を呼びに行く者。

 官吏たちは外交省の所属だ。外交長官の部下でもあり、この状況で口出しをできる立場にはない。


 外交長官は得意げに、周囲を見回してから続けた。

「これであなたもおしまいです。今頃は皇帝陛下がこの弾劾状を受け取っている頃でしょう」

「おしまいなのは外交長官、あなただ」

 冷たい、突き放すような声でルドウィクは言った。

「なにを……」

「今朝、講和派議員から届いた電信で、この弾劾状は議会で棄却されたことがわかっている」

 その言葉に、一瞬で外交長官の表情が固まる。

「……継戦派の裏工作もすべて、明るみになっている。その中心にいたのが外交長官、あなただということもだ」

 ルドウィクは、一歩詰め寄る。

 外交長官の顔から、みるみる血の気が引いていく。

「バ、バカな……!」

 外交長官の目が大きく開かれ、手にした弾劾状がガサッと音を立てた。

「それはこっちのセリフだ。これ以上、国家に不利益を与えるような真似は止めていただく」

 淡々と、ルドウィクは告げる。

 帝国の権力にしがみつくしか能がない連中を相手にしている時間など、どこにもない。

 ルドウィクは、冷たい、凍るような声で告げた。

「いずれ証拠と共に、あなたの罪は暴かれるだろう。

 バルタザール・フォン・ノイヴァルト外交長官。宰相権限により、あなたを『国際会議妨害の罪』で謹慎処分とする」

 ルドウィクの言葉に、外交長官はその場で崩れ落ちる。

 震える手から、弾劾状が落ちた。


「連れていけ」

 ルドウィクは近くにいた官吏に命じた。




 ホテルに入り、事務エリアへ。

 すでに議会からの電信が届いていた。さっそく書記官が読み上げる。

「帝国議会より『これ以上の条件の譲歩は認められない』そして『賠償金についても国の経済を考えて五割の減額は譲れない』とのことです」

「……まったく」

 呆れ返りながら、ルドウィクは右手を額に当てて呻くようにつぶやく。

「これでは交渉ではなく、駄々をこねているだけではないか」

 外交長官の件といい、現状を把握できていない議員があまりにも多すぎる。

 少し思案した後、ルドウィクは書記官に告げた。

「議会宛の電信文を。内容は『大幅な減額をあきらめるか他国から資金を借り入れるかどちらかを選択するしかない』と。続けて『これ以上の交渉は無理であり、議会が皇帝を説得できるかにかかっている』と送ってくれ」

 書記官はメモを取り終えると一礼し、すぐさま暗号の作成に取り掛かる。


 それを見送って、ルドウィクは椅子に深く腰掛けた。

 ずっしりと、体が重たい。

 それでも、まだ交渉は続いている。

「今はとにかく、粘るしかない」

 窓の外の重たい雲を見ながら、ルドウィクはつぶやいた。




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