十日目-2-
部屋に戻ると、部屋の中央にマリエルがぽつんと佇んでいた。
窓から入る日の光を受けた亜麻色の髪が、少し伏せた横顔にかかって柔らかく揺れている。
気配に気づいたマリエルが、ハッと顔を上げた。
「お……おはよう、マリエル」
いつもの挨拶。のはずなのに、なぜか喉が詰まる。
自分でもおかしくなるほどぎこちない。
「あ、あの……遅くなってしまい、申し訳ありません」
小さな声で、マリエルは頭を下げる。
……気のせいか、頬がほんのり赤い。
「いや、ゆっくり休めたのなら、それでいい」
そう告げると、マリエルはそっと顔を上げた。
頬から耳までが、熱を帯びているように見える。
その潤んだ瞳に、ルドウィクは一瞬息がとまる。
「あ、あの……」
マリエルは胸の前で指先をそっと重ね、視線を泳がせた。
「昨晩は……その……」
声が震えている。
────昨晩。
腕の中で眠ってしまった、彼女の軽さ。
抱き上げたときのぬくもり。
あの、静かな寝息。
そして────。
思い出した瞬間、ルドウィクははじかれたように言った。
「ま、待て!違う!誤解だ!」
「えっ」
「ふ、服がしわになるといけないと思って、脱がせただけで……
上着だけだ!肌着は、その……見ていないし、触れてもいない!誓って本当だ!」
自分でも情けないほどの、早口。
頬が熱くなるのがわかる。
「女性の服を畳むのも初めてで、型崩れはしないように気を付けたのだが……
もし生地を痛めてしまっていたのなら、申し訳ない」
必死に弁明する。
ルドウィクは、自分でもなにを言っているのかわからなくなっていた。
マリエルはポカンとした顔でルドウィクを見た。
……そして。
堪えきれないというように、ぷっと噴き出した。
「……っ」
真っ赤な顔で固まるルドウィクの前で、マリエルは口元を押さえながらくすくすと笑う。
それを見ながら、恥ずかしさと安堵で、ゆっくりと肩の力が抜けていく。
(よかった……)
恥を、かいただけのことはあった。
そう思いながら、ルドウィクもふっと笑顔になった。
いつもの、マリエルだ。
「閣下には……本当に、ご迷惑をおかけしてしまいました」
マリエルは胸の前で手をぎゅっと握りしめ、深々と頭を下げた。
その肩は、小さく震えている。
「それは、もういい」
ルドウィクは声を落とし、優しく言った。
「ですが……」
「いいと言っている。頼むから、顔を上げてくれ」
そっと、一歩近寄る。
その言葉に、マリエルはようやく顔を上げる。
ルドウィクは少し目を細めた。
……どうせ向こうも、大事にはしないだろうとは思っていた。
公にはしていないが、帝国も共和国も、暗黙の裡に諜報をしている。それが発覚したところで、お互い様ということでまず問題にはしない。
……まさか、マリエルがあんな無茶をするとは思っていなかったが。
「講和が成ってしまえば、もはやそんなことはどうでもいい」
ゆっくり首を振りながら、ルドウィクは言った。
────マリエルさえ守れれば、講和など。
とまでは、さすがに口に出さなかったが。
それは、ルドウィクの本音だった。
「それに、君への処分はすでに会議場への出入り禁止と決まっている。これ以上、処罰をする理由は存在しない」
穏やかな表情で、ルドウィクは言った
その言葉に『誰にも文句は言わせない』という決意を込めて。
────その、ルドウィクの優しさに。思いに。
マリエルの肩が微かに揺れた。
「とにかく、今日はゆっくり休んで欲しい。
会議場以外でも、君に頼みたい仕事はたくさんあるんだ」
「……あの」
おずおずと、ためらいがちにマリエルは言葉を口にした。
その瞳は、不安で揺れていた。
「私は……閣下のおそばに、居てもよろしいのでしょうか」
怯えるような顔。
しかしそれは、怖れというよりも願いに近い気がした。
その表情に、ルドウィクは軽く驚き────そして、ふっと柔らかく笑った。
「当たり前だ」
ルドウィクはマリエルをまっすぐに見つめた。
そっと、肩を抱きしめる。
マリエルは一瞬ビクッと体を揺らし、しかしすぐに身体の力を抜いた。
「君でなければ困る。
……君に、居て欲しいんだ」
囁くような言葉に、マリエルの目に涙が浮かび、あふれ出しそうに揺れる。
泣きそうな顔。なのに、どこか嬉しそうで。────どこか幸せそうで。
ようやく花が咲いたようなその笑顔に、ルドウィクの胸の奥がじわりと熱くなった。
(────この笑顔だけは)
心の奥で、ルドウィクは誓った。
絶対に、守り抜く。




