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十日目-1-

●講和会議 十日目

 朝の光をまぶたに感じて、ルドウィクは目を開けた。

 そっと体を起こし、自分の両手を見る。

 胸の奥に、まだ夕べの残り香がくすぶっている。理由のない高揚と、かすかな戸惑い。

 そのどちらも、うまく言葉にはできそうにない。


 そのあと、マリエルは力尽きるように眠ってしまったのを覚えている。

 抱きかかえてベッドに運んだときの重み、温もり。指先に残るマリエルの残り香。その柔らかさ。どれもが、マリエルの存在感の証明として手の中に残っている。


 起きだして、静かに着替える。

 個室の扉の向こう側。そのかすかな寝息を感じながら、ルドウィクは服装を整える。

 手袋をはめながら、ふと、個室の扉のほうへ目を向ける。

 まだ、マリエルは眠っているようだ。

 ────その寝顔を意識しそうになり、苦笑する。

(これから仕事だというのに)

 ふっと息を吐いて、手袋を嵌めなおす。

 そして、ルドウィクはマリエルを起こさないように注意しながら部屋を出た。


 書記官たちを呼び出して、届いていた電信を確認する。

 事務エリアには、未処理の電信や報告書が溜まってしまっていた。

 ルドウィクは慣れた手順で書記官たちに指示を出し、仕事を終わらせていく。


 議会からの返答は、夕べの内に届いていた。

 書記官が暗号文を解き、それを読み上げる。

「議会は……講和条件のうち

 『フリジア地域の帝国の統治権のラバルナへの一次的譲渡』、

 『フリジア及び周辺からの帝国軍の全撤退と軍事施設の全撤去』、

 そして『ラバルナ軍およびラバルナ人民への被害の全額保証』についてはやむなしとして受け入れる、そうです」

 若手の書記官は、少し緊張した面持ちで電信を読み上げる。

 ルドウィクは黙ったままそれを聞いていた。

「ただし、『当戦役におけるラバルナが費やした戦費の帝国の全額負担』は理不尽であるとし、

 かつ『帝国のラバルナへの戦時賠償金の支払い』の額が多すぎるため、陛下の説得にはまだ時間がかかる、とのことです」

「そうか。ありがとう」

 ルドウィクは電信を受け取りながら、礼を言った。若い書記官は一礼する。

「さて……」

 指を組んで、少し思案する。


 今日は、会談が再開される日だった。

 ……昨日、返答期限の延長をロハン首相に申し込みに行ったものの、さすがに二度目の延長は断られてしまったためだ。

 休戦期限が終わるまでに講和を。ということで、議会からの返答がなくとも会談を再開するように、との要求に、ルドウィクはやむなく同意したのだった。


 再開する以上、議会の説得は進めなくてはならない。

 徒労感はあるが、なにもしないわけにはいかないだろう。


「では、次の文章で電信を作成してくれ」

 ルドウィクが言うと、書記官はもたもたとメモ用紙を取り出した。

(マリエルなら、すでに用意しているところなんだがな……)

 目を細めて、書記官が用意を終えるのを待つ。

「では一つ目。『当戦役におけるラバルナが費やした戦費の帝国の全額負担は敗戦国である以上受け入れるしかない』

 二つ目、『帝国のラバルナへの戦時賠償金の支払いに関しては減額を求めていくが大幅な減額は難しい』

 三つ目『その場合他の条件がより厳しくなる』……以上だ」

 書記官はサラサラとペンを動かし、文章を書き終える。

「では、それを暗号化し、電信で送ってくれ」

「承知いたしました」

 さっと敬礼をした後、書記官は出て行った。


 ────さて。

 ちらっと、時計を見る。

 会談の支度もしなければならない。そろそろ起きているだろうか。

 もしまだ寝ていたのなら、起こさないようにしなければ。

(起きていたら……朝食を持っていってやるか)

 ……そんなことを思いながら、ルドウィクは席を立った。




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