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八日目-2-

 ホテルから迎賓館までの道は、ほぼ一直線。

 ホテルと迎賓館の間には、他のホテルや別宅のような敷地の広い建物があるだけで、人通りはあまりない。

 道幅は広く、蒸気自動車が走りやすいように丁寧に舗装され、両側には街灯もならんでいる。

 高台にあるおかげで、緩やかにカーブしている場所からは港も見える。


 この道を、徒歩で向かうのは初めてだった。

 マリエルは、心細さを握りしめるように、手をぐっと握っていた。


 やがて、迎賓館が見えてきた。

 共和国側が宿泊しているのは、迎賓館の隣の建物。

 隣と言っても同じ敷地内にあり、正門も共通。門の前に立つ警備も、すでに顔見知りだ。


「"こんにちは"」

 警備兵に、マリエルは丁寧に頭を下げた。

 向こうも見慣れた顔に、警戒感はない。

 待て、のジェスチャーをして、一人が通訳を呼びに建物の中へと走っていった。

「いやあ、今日は珍しいな」

「この子一人か。なんの用事だろうな」

 残った警備兵のうち、若い男と中年の男が《《ラバルナ語》》で雑談をしている。マリエルは、理解できない風を装って、小首をかしげた。

「アハハ、ラバルナ語じゃわかんねえって」

「この子、この年で帝国宰相の通訳やってんだろ?カレドニア語だっけ?すげえよな」

「お前とは頭の出来が違うんだよ」

 マリエルはにこやかな表情のまま、じっと立っていた。

 もちろん、警備兵たちはマリエルが会話を理解できているとは露ほども思っていない。

 警備兵たちは無遠慮に、マリエルの体を足元から胸元まで、舐めまわすように眺める。

「しっかし帝国の宰相様も若いよな。いくら家柄で決まるとはいえ、さすが帝国って感じ」

「そりゃあ、女連れで来るくらいだからなあ。国にも何人か女囲ってんじゃねえの?」

 続く下品な笑い声。怒りに手が小さく震える。殴り掛かりたい衝動を、マリエルは必死で抑えた。


 そうしているうちに、さっき走っていった警備兵が通訳を連れて戻ってきた。

 マリエルはホッとして、通訳に一礼する。

「"帝国宰相閣下より、伝言を言付かってまいりました。お取次ぎを願います"」

「"ご苦労様です。では、こちらへどうぞ"」

 通訳に案内されて、マリエルは門をくぐった。




 いつもの中庭。今日は人影が少ない。

 迎賓館に向かう小道を右に逸れ、宿泊施設のある別邸へ。

 別邸は、迎賓館と同じ石灰岩の建材、同じ装飾が用いられていて、合わせた外観になっている。

 建物は二階建てで、横に長い構造になっている。


 通訳に案内され、エントランスへ。

 小ぶりだが豪華な装飾のシャンデリアに、ラバルナ共和国の紋章が各所に縫いこまれたカーペットが敷かれ、静かで落ち着いた雰囲気になっている。

「"ここでお待ちください"」

 通訳は一礼して、奥の扉へ入っていった。

 マリエルはエントランスの中央で、周囲を、不自然に見えないように探った。


 エントランス中央には、二階へ上がる階段。上は宿泊エリアだろうか。ここからでは廊下しか見えない。

 左右には両開きの扉。人の気配はしない。構造から考えて、客間か広間になっているはず。少なくとも、ある程度の広さの間取りになっているはずだ。

 ────だとすれば、書記官の事務仕事や電信のやりとりなどは、そこで行っている可能性がある。


 覗いてみる?

 でも、鍵がかかっているかもしれない。それに、あの通訳が戻ってきたときにその場を目撃されたら、おしまいだ。

(まだ、チャンスはある────)

 マリエルは、じっとこらえた。




 通訳は、すぐに戻ってきた。

 その後ろから歩いてくるのは────。

(オーシン外相……!)

 オーシン外相は、人懐こそうな笑みを浮かべて歩いてくる。

「"これはこれは。ようこそおいで下さいました"」

 会議のときよりも、ずっと柔らかい、親しげな声色。しかし、マリエルは体をこわばらせた。そして、慌てて一礼する。

「"マリエル・エーベルハルトと申します。帝国宰相ルドウィク・フォン・ワルターベルク閣下より伝言を言付かってまいりました"」

「"大変申し訳ない。ロハン首相は、今外せない用事でしてね。私でよければ、お伺いいたしましょう"」

 うっかり気を抜いてしまいそうになるくらい、優しい口調。まるで古くからの知り合いと話しているような錯覚すら覚えてしまう。


(やはり、気を緩めているのだろうか────)

 会議のときとは違う、明らかに緩い雰囲気。

 それとも、相手がルドウィクではないから油断しているのか。

 マリエルは、すこし肩の力を抜いた。


「"とんでもございません。こちらこそ、急な訪問にも関わらずご対応いただき、ありがとうございます"」

 外相は、普段と変わらない服装。今日も執務を行っていたのだろうか。

 優しそうな笑顔は、まるで裏があるようには見えない。

「"では、こちらでお話を伺いましょう"」

 そう言って外相は、右の扉へ。

(この奥に)

 マリエルはなにも気に留めない様子を装って、その後に続いた。

(共和国の内情が知れるものがあるなら────)




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