六日目-4-
「過労、ですね」
共和国の医務官が、マリエルにそう告げた。
「二、三日休んでいれば良くなります」
そう言われても、マリエルの胸の中は重たく沈んだままだった。
ホテルが用意した医務室のベッドに、ルドウィクは寝かされていた。
今は静かな寝息を立てているが、マリエルは不安でたまらなかった。
────今に、そのか細い呼吸が止まってしまうのではないか。
────もう二度と、目を覚まさないのではないか。
そんな予感が胸をよぎるたびに、とめどなく涙が零れ落ちてしまう。
※※※
医務官が去り、二人きりになった医務室。
マリエルは、ずっとルドウィクの手を握っていた。
(────まただ)
おとといも、そうだった。
朝食の机で、知らずにルドウィクに甘えてしまっていた。
(いつも、閣下の優しさにただ守られているだけ────)
私は、なんの役にも立てていない。なんの力にもなれない。
もたついている間に、また閣下を一人で戦わせてしまった。
このままでは、返すより先に閣下が死んでしまう。
もし、閣下がいなくなったら────。
そんな世界、私が存在する意味なんて、どこにもない。
大好きだった兄のアルターも、優しかった両親も、あの戦で奪われた。
世界が空っぽになった私に、ただひとり手を差し伸べてくれた人。
名もないような一平民の私に、天下国家を動かす宰相家の当主が、頭を下げてくれた。
……アルターを、守れなかった、と。
ジジジ……と、かすかな電灯の音がする。
廊下を歩く足音も、今は全く聞こえてこない。
最初は、きっと気まぐれだと思っていた。
優しさも慈悲も、いつか終わるものだと怯えていた。
だから────必死だった。
学舎で言われたことは全部やった。
捨てられるのが怖くて、ただ役に立ちたくて。
────だれかに必要とされたくて。
それなのに、閣下は優しさをくださった。────どれだけ返しても、返しても。
そのたびに、必死になってそれを返そうとしてきた。
返せなくなったら、捨てられると思っていたから。
いつか、優しさを貰えなくなると思っていたから。
────違う。
閣下がしてくださる心配だとか、閣下がくださる優しさだとか、そんなものを失うことばかり怖れて。
そんなことに怯えているから、なにもできないんだ。
……それじゃ、ダメなんだ。
どうせなんの価値もない自分の命。
閣下のお役に立てるのならば、いつでも、簡単に、投げ捨てられるくらいでなきゃ、ダメなんだ。
※※※
二時間ほどして、ルドウィクは目を覚ました。
ベッドの脇で焦燥したまま眠ってしまっていたマリエルの頭をそっと撫でて、ルドウィクは微笑む。
ちらっと時計を見てから、ふっと息を吐いた。
「今日これから執務をする、と言ったら……怒られそうだな」




