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六日目-3-

 ────カンパニアは、ルドウィクが留学していた国だ。

 列強のなかでは新参で、経済力はあるものの国際的な影響力はそれほどでもない。


「カンパニアに仲介を頼めるよう、以前から留学時代の友人たちに働きかけをしていた」

 懐かしむように、ルドウィクは少し目を細める。

「彼らとは今でも親書をやり取りしている。立派な若者たちだ」

「……随分と信頼しておられるのですね」

「いずれは国家の重責を担う者たちだからな。私などよりよほど優秀だよ」

 ルドウィクの言葉に、閣下以上に優秀な方などいるはずがない、とマリエルは思う。


「ですが────カンパニアも所詮、列強国なのですよね?」

「そうだ」

 マリエルの言葉に、ルドウィクはうなずく。

「列強に仲介を頼んだ場合、当然帝国はその見返りとして代価を支払うことになる。

 そうなれば、たとえ講和が成ったとしても、帝国は領土なり賠償金なりを失うことになる。

 共和国に奪われるか列強に奪われるか、そこが違うだけだ」

 マリエルはルドウィクの言葉を聞きながらうなずいた。

 そうなっては講和を結ぶ意味があまりなくなってしまう。

「そこで、カンパニアだ」

 軽く息を切らせながら、ルドウィクは言った。

 その言葉に、マリエルは再び首をかしげる。

「カンパニアは、まだ帝国内に権益を確保していない。

 当然、仲介をした見返りとしていずれかの商業港や鉱山などの権益を欲しがるだろう。

 他の列強に出遅れた分、それらは喉から手が出る程欲しいはずだ。

 しかし────」

 ルドウィクは、マリエルに目を合わせる。

「カンパニアは、カレドニアやアクィタニアといった他の列強から睨まれ警戒されることを怖れている。

 つまり、それほど過大な要求はしてこない。できない」


(すでに……閣下は、手を打っておいでだった)

 マリエルは、改めて胸が震えた。

 あれほど追い詰められて、あれほど敵を抱えていても。

 決して、諦めていない。

「だから、仲介を頼むとしたらカンパニアだ。

 ただ問題は────」

 そこで、ルドウィクは少し顔をしかめる。

「問題は、連中の動きが鈍いことだ。

 ……講和会議が始まるころには、介入をはじめるという話だったんだがな」


 このタイミングで電信を送る、ということの意味を、マリエルは理解した。

 ルドウィクはマリエルの目を見ながらうなずく。

「探りを入れて共和国に勘づかれる危険もあるが……催促をしておきたい。

 電文の作成を頼めるか?」

「もちろんです。────文章は、カンパニア語で?」

 ふと────心なしか、ルドウィクの呼吸が短い気がする。

 顔色も、青くなっている気がする。

 トクン、とマリエルの心臓が跳ねる。

「頼む」

 そう言って、ルドウィクが顔を上げたとき。

 ────突然、ルドウィクの上半身が、ぐらっと傾いた。

「閣下────!」

 昨日の悪夢がよぎり、マリエルは悲鳴にも似た叫び声をあげた。


 ガッ、と机の端を掴み、ルドウィクは耐えた。

 マリエルはその体を支えるように、ルドウィクの体にしがみついた。

「大丈夫、大丈夫だ、マリエル」

 ゆっくりと体を起こしながら、ルドウィクは言う。

 しかし、その顔は真っ青だった。

「今日は────もう、休まれた方が」

 泣きそうになりながら、マリエルは懇願するように言った。しかし、ルドウィクは首を横に振る。

「だめだ。まだやることが残っている」

「ですが────!」


 そのとき、部屋をノックする音がした。

 ルドウィクは一瞬ふらついたものの、すっと立ち上がった。

「閣下────」

 縋りつくように言うマリエルを、ルドウィクは手で制した。

 ────部屋で抱き合っていたかのような誤解を受けては、閣下に迷惑がかかる。

 そうわかっていても、マリエルはルドウィクの服を掴んだまま、すぐ背後に控えた。

「入れ」

 ルドウィクの言葉と共に、扉が開く。


 コツコツと足音を立てながら入ってきたのは、外交長官だった。

「失礼。お取込み中でしたかな?」

 二人を見てニヤニヤと言う外交長官に、ルドウィクはむっとする。

 マリエルはハッとして、手を離して一歩離れた。

「下衆な勘繰りはよせ。……用件はなにか」

「議会からの電信がひとつ、漏れておりまして」


 言いながら、外交長官は電信のメモをルドウィクに手渡した。ルドウィクはそれをさっと目でなぞる。

「おわかりでしょう?議会は閣下を信用していない。

 ……これ以上、国を辱める前に、交渉役を交代すべきです」

 ルドウィクは、きつい目で外交長官をにらんだ。

「……あなたこそ、現状をわかっていないようだ」

「わかっておられないのは閣下の方では?

 皇帝陛下の御信任がなければ、この大役を務めることはかないませんぞ」

「……今更なことだ」

 短く言うルドウィクに、外交長官はほくそ笑むように笑った。

「御忠告は申し上げましたぞ」

 それだけ言うと、外交長官は一礼して退室した。

 マリエルは、外交長官の背中を睨みながら、唇をかんだ。


 扉が閉まると同時に────。

 緊張の糸が切れたかのように、ルドウィクは膝から崩れ落ち、そしてそのまま倒れた。

「────!」

 マリエルは声にならない悲鳴を上げて、ルドウィクに駆け寄った。




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