六日目-2-
「閣下」
部屋に入ったマリエルは、机の上に電信の束を置いた。
「先ほど届いた電文です。……軍の諜報部からのものです」
「読もう」
窓の外を見ていたルドウィクは、マリエルの言葉にすっと表情を硬くする。
電信は、長く、そして複数枚にわたっていた。
マリエルが暗号を解き、ルドウィクがそれを読んでいく。
「……なるほど。共和国軍は、すべてが二要塞に駐留しているわけではないらしい。帝都周辺の要塞近隣で野営している部隊もあるようだな」
帝都は、周りを囲むように八か所に要塞が作られている。
さらに東西南北にのびる街道沿いにも関所を兼ねた城砦があり、このうちあまり使われない北と東を除いた二つが要塞化されている。
今回の休戦では、共和国軍は街道沿いの二つの要塞に駐留する、という条件が盛り込まれていたはずだった。
「それは、休戦条件違反なのでは?」
マリエルの問いに、ルドウィクは首を横に振る。
「いや……部隊の規模にもよるだろうが、移動中だとか訓練中だとか言えばごまかせる」
「でもなぜ帝都の近くに?攻撃を再開する意図があるということでしょうか?」
帝都周辺の要塞で野営しているなら、帝都までは一日もかからない距離に敵軍がいる、ということになる。
「ふむ……」
マリエルの問いに、ルドウィクは、部屋の中をぐるぐると歩きはじめた。
思考の邪魔をしないように、マリエルは口をつぐんだ。
「このタイミングで攻撃準備?講和に圧力をかける意図?
────いや、なら休止を提案するはずがない。矛盾している」
ブツブツとつぶやきながら、ルドウィクはゆっくりと歩く。
「休戦を急ぐ理由はわかる。列強の介入を避けるためだ。
しかし講和は?まるで急ぐ必要がないような態度。
だが状況は変わらないはずだ。列強からすれば、この講和に介入し仲介を申し出ることで恩を売り、引き換えに帝国での権益を拡大できる。どの国も仲介のタイミングをうかがっているはず。
そうなれば当然、講和条件は帝国有利になるから、共和国としては避けたい事態のはずだ。
────なのになぜ、三日間の休止を?
時間をかければかけるほど、列強が介入してくる可能性は増える。
……たしかに三日あれば、部隊の補給も移動も完了できる。だが、果たしてそれだけのために休止するだろうか?」
ゆっくりと歩き回りながら、ルドウィクはぶつぶつとつぶやく。
その歩く速度、思考の早さ。昨日倒れたばかりだというのに、とマリエルは心臓が震えた。
ルドウィクは、まるでそんなそぶりを見せずに、歩き回りつづける。
「────。
『帝国の講和の意思に疑念』────」
ルドウィクは、窓の前まできて立ち止まった。
「そうか……だとすれば」
「閣下?」
ルドウィクは少し興奮したように言い、マリエルの所までまっすぐ戻ってきた。
呼吸が少し荒いのが、マリエルは気になった。
「おそらく。
連中は、こちらの出方に応じて複数の対策を考えている。
こちらが時間稼ぎに出た場合は、『帝国の講和の意思に疑念がある』という口実を作るつもりだ。
この三日間の休止はそのためのものだ。
『帝国が本気で講和をする気がなかった』なら、共和国としては戦争を続行しても列強から非難されないですむ。
そして、そうなった場合すぐに攻撃を再開できるように、休戦明けを見越して動いている。
────列強が介入してくる前に、帝都を陥落させるために」
帝都が、陥落する。
その言葉に、マリエルはぞっとした。
それは同時に帝国が崩壊することを意味している。
そして、休止を申し出た時にロハン首相とオーシン外相が目くばせをしていたことを思い出す。
(あれが────)
マリエルは背筋が冷たくなるような感覚を覚えていた。
(閣下の戦っている、相手────)
「……手ごわい相手だ。正直舐めてかかっていた。
常にこちらの打つ手を想定して、あらかじめ対策を立ててくる」
ルドウィクは悔しそうに、右手の拳を左手の平に打ち付けた。
そしてすぐに、なにかを決意したような顔つきに変わる。
「カンパニアに電信を送りたい」
「カンパニア?」
────その意外な単語に、マリエルは思わず聞き返していた。
(なぜ今、その国の名が────?)




