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四日目-1-

●講和会議 四日目

 ルドウィクたちが宿泊している、ホテルシャンタアーニュ。

 帝国の使節団のために用意された食堂は、大きなガラスの窓から朝日が差し込み、白いテーブルクロスを明るく照らしていた。

 室内には食器の触れ合う音が静かに響く。誰もほとんど口をきかないのは、一つの山を越えた解放感と、次の大きな山に向かう重たい気分とが混ざりあっているからだろうか。 マリエルには、そう感じられた。

 疲れ切った顔をした書記官たち、大きなあくびをしている官吏。

 緊張感は残っているものの、疲れが上回っている様子だった。


 つい今しがた、帝都からの電信が届いたところだった。

 マリエルが暗号から文章を起こす。

 それはベハイト港陥落の報せで、守備隊は抗戦もせずに逃げ散ったという報告だった。

「いまさら」

 ルドウィクは苦々しげにその報せを握りしめた。


 外交長官は、銀のナイフでハムを切り分けながら、むすっとした顔で言った。

「まったく……ベハイトの守備隊はなにをしているのだ」

 隣に座る官吏が慌てて相槌を打つ。

「は、はい。まったく想定外でございまして……」

「想定外だと?」

 外交長官はハムを口に運びながら、じろっと官吏をにらむ。

「想定をしておくのがお前たちの仕事ではないか」

「は、その通りでございます」

 官吏は縮こまって、頭を下げた。


 ルドウィクはその様子を見ながら、小さくため息をついた。

 眠りが浅かったのだろうか、目元が赤い。

「……閣下、パンをもう少しお持ちしましょうか?」

 遠慮がちに、マリエルは声をかけた。

 ルドウィクの手元には、小さなロールパンがひとつだけ。普段よりもだいぶ少なく見える。

「ありがとう。でも、これでいい」

 マリエルは無言で頭を下げる。

 いつもと同じ、優しい声。しかし、どこか元気がなさそうにも聞こえる。


「……気の利かぬ侍女にも、宰相閣下は優しくあらせられることよ」

 聞こえよがしに、外交長官がつぶやく。

 官吏は慌てるが、外交長官は気にするそぶりもなく続ける。

「主の世話を率先して行うのが役目ではないか。それが、我らと同じテーブルを囲むことを許すなど。帝国貴族ともあろうお方が嘆かわしいことだ」

 その言葉に、マリエルはハッとしてうつむいた。

 ルドウィクがいつものように隣に席を用意してくれるから、ついいつも通りに席についてしまった。

 しかし、ここにはルドウィク以外の、それも貴族である外交長官も同席しているのだ。

(いつの間にか、また閣下に甘えてしまっていた────)

 身の程も知らずに、ルドウィクに迷惑をかけてしまった。自分の愚かさ、厚かましさに、眩暈がする。

 こんなことでは、閣下の隣にいる資格など────。

 マリエルは下を向いたまま、手を握り締めた。


 ルドウィクが静かに持っていたナイフを置いた。

 その、カチャリ、という小さな音に、官吏や書記官たちが思わず背筋を伸ばした。

「外交長官。今の彼女は、私の侍女ではなく外交使節団の通訳として同席している。間違えないでいただきたい」

 穏やかだが有無を言わせない圧を持った声。

 外交長官は、ふん、と鼻を鳴らして黙った。

(また────)

 私をかばってくださった。

 申し訳なさと、滲むうれしさに、マリエルはルドウィクに小さく一礼した。

「今日は忙しくなる」

 少し優しいトーンで、ルドウィクは言った。

「君の仕事に期待している」

 その言葉に、マリエルは胸が熱くなった。

 ────もう、同じ失態は犯さない。




 食事の後、午後からの会談の準備に追われている最中に、もう一通の電信が届いた。

 これは暗号ではない平文。休戦条約の確認と即時発効を知らせるもので、双方の軍が戦闘を止めたことを知らせるものだった。

 さらにもう一通の電信は暗号だった。マリエルがこれを読み上げたとき、ルドウィクは呆れたように言った。

「昨日の叱責がよほど堪えたのだろう」

 電信の内容は、『情報伝達の遅れの責任を取らされる』と怖れを成した継戦派が、帝都とダズン港の間に早馬を用意させたことを知らせるものだった。

 これは、帝国議会の宰相派議員からのもの。

「貴族の連中は叩かねば動かん」

 ルドウィクは深いため息をついた。


 その疲れた表情に、マリエルは不安を覚えた。

 今朝も、いや昨日から、ルドウィクは疲れを抱えている。

 マリエルは暗号表を急いで手帳にしまった。

「閣下。紅茶を、お持ちしましょうか」

 ルドウィクは少し顔を上げて、言った。

「そうだな。頼む」


「講和というが、実質的には敗戦処理だ」

 苦々しそうに、ルドウィクは言った。

 マリエルは、紅茶を注ぐ手を止めてルドウィクの言葉を待つ。

「負けをひっくり返すことまではできない。いかに帝国の権益を守れるか、それだけだ」

 沈んだ表情で、ルドウィクは続ける。

「不名誉な役目だ」

 吐き捨てるようにそう言って、ルドウィクは紅茶を口に含んだ。

 マリエルはなにも言えないまま、じっと立ちすくんでいた。

(考えなきゃ────)

 どうすれば、この人の力になれるのだろうか。

(それしか、私の存在価値はない)




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