三日目-4-
夕食の後。
共和国側の使者が到着し、休戦調停の条文が届いた。
ルドウィクは慎重に条文を確認し、ペンを手に取った。
そのそばで見守りながら、マリエルはルドウィクの手がかすかに震えているのに気づいた。
この講和会議で、帝国の命運が決まる────。
出立前に、ルドウィクがそう言っていたのを思い出す。
普段あれほど涼しい顔をしているが、その両肩にかかるプレッシャーはどれほどのものなのだろうか。
マリエルは、両手をぎゅっと握りしめた。
サインを終えた条文を共和国の使者に手渡し、ルドウィクはふっと息を吐いた。
そして、執務机に肘をつき、組んだ手にあごを乗せる。
ルドウィクにしては、珍しく無作法なしぐさだった。
「紅茶をお淹れいたしましょうか」
「……ああ、頼む」
いつもより、疲れた声。
不安に思いながら、マリエルは給湯室へ向かった。
紅茶を用意して戻ってくると、ルドウィクは同じ姿勢のままだった。
お疲れなのだろうか────。
連日の交渉。そしてようやく成った休戦。
まだこれから講和の話し合いが待っているが、一区切りではある。ルドウィクが疲れを見せるのも仕方がないのかもしれない。
マリエルが机にそっとカップを置くと、ルドウィクは顔を上げた。
「本当に、休戦はあれでよかったんだろうか」
「閣下は、よくやってらっしゃいます」
マリエルは本心からそう言った。
「だといいのだが……。結局、共和国の思惑の範疇にある気がしてならないんだ」
「……それでも、閣下はご立派に戦ってらっしゃいます」
言いながら、マリエルはふと不安に駆られる。
「やはり……先ほどのお話は、もっと早くにお伝えすべきだったでしょうか」
「噂話のことか」
「はい。もし、もっと早くに閣下にお伝えできていたら、休戦条件も────」
「いや、変わらないよ」
ルドウィクは、どこか諦めたような笑顔を作る。
「仮にあのタイミングで聞いたとしても、私は同じ条件で交渉していただろう。噂だけで条件を上乗せできるほど、甘い相手ではない」
お優しい────。
マリエルは、そう思った。
ルドウィクは、きっと自分を傷つけないように言ってくれている。告げるのが遅れたことを気にしないように、言い方を配慮してくれている。
そして実際、あのときに告げられていたとしても、ルドウィクの行動は変わらなかっただろうということも。
マリエルはそっと目を伏せた。
会議場で見守った背中。外交長官とのやり取りで見せた表情。サインをするときの震える手。
崇高で、気高く、覚悟に満ちた姿。
(私のような下賤な身分の者が恋慕していいような相手ではない────)
兄が親友だったというだけで拾われただけの自分が、家族も身寄りもなくした自分が、ただルドウィクの慈悲にすがって生きてきただけの自分が。
国家の命運を一人で背負って立つこのお方に受けたご恩を、どうやってお返ししていけばいいだろう。
返せるはずがない。
(────全身全霊を尽くすだけだ。この身が擦り切れるまで)
改めて、マリエルは心に誓った。




