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三日目-3-

 会談が再開してすぐに、ルドウィクは手を上げた。

「"帝国軍の全要塞からの撤収という条件について、さらなる再考をお願いしたい"」

 ロハン首相は、のんびりと手を組み、机の上に乗せる。

「"伺いましょう"」

 いかにも余裕たっぷりの態度。

 重要な港を占領した、という優勢からくるものだろうか、とマリエルは思った。

「"『すべての要塞から帝国軍を最小限の守備隊だけ残して撤収』かつ『すべての要塞への共和国軍の監視兵を配置』そして『帝都から最も遠いバルワード要塞、スグモク要塞への共和国軍の駐留』。この条件ではいかがでしょうか"」

 外相の表情に、一瞬笑みが浮かび、しかしすぐにそれを引っ込める。ロハン首相は表情を変えぬまま、じっと指を動かしている。

「"最小限の守備隊の規模とは、どの程度の人数でしょうか"」

 ロハン首相の問いに、ルドウィクはすぐに返答する。

「"通信、正面ゲート及び武器弾薬倉庫の警備に複数名ずつの十名程度を想定しています"」

「"では十二名までといたしましょう。共和国軍の監視兵は各フロア及び外周の警備、通信及び指令室の監視に合計五十から六十名を予定します"」

「"かまいません"」

 ルドウィクは同意する。そこでようやく、ロハン首相は安堵したような表情を見せた。

「"ありがとうございます。これで休戦条件は合意に至りました"」

「"合意いただき、心より感謝を申し上げます"」

 そう言いながら、ルドウィクの表情は固いままだった。


 ロハン首相とルドウィクは立ち上がり、互いに握手を交わす。

 心なしか、共和国側にも帝国側にも安堵の雰囲気が流れる。

 ロハン首相は目を細め、握手した手が双方の使節団に見えるように、一歩ずれる。ルドウィクは固い表情のまま、同じく体をずらした。

 外交長官だけが不服そうに鼻を鳴らした。


 オーシン外相が、休戦条約の文書を作成して、今日中に宿泊しているホテルに届けることを確約する。

 そして、今日の会談は終了した。




「蒸気自動車には慣れたかい?」

 マリエルに手を貸しながら、ルドウィクは言った。

 今日の往路は頑張って前部座席に座ったが、ルドウィクにずっと心配そうな表情をさせてしまっていた。

「……問題ありません」

 そう言ってマリエルは同じく前部座席に乗り込む。

 自分の体力を理由に、ルドウィクを下座に座らせるわけにはいかない。

 ルドウィクは困ったように、

「しんどかったら、代わるから言ってくれ」

 と笑った。


 蒸気自動車は相変わらずの振動だったが、騒音はそれほど気にならなくなってきていた。

 振動の不快さをこらえながら、マリエルは口を開いた。

「閣下。お伝えしたいことがあります」

「……急ぎの要件かな?」

 優しそうな声。しかし、ルドウィクはそっと客室の後方をハンドサインで指差した。

 それに気づいて、マリエルはハッとする。

 この蒸気自動車の後方にも、共和国の警備兵が乗車している。ルドウィクはそれを警戒しているのだ。

「では、夕食の後に」

 マリエルがそう応えると、ルドウィクはうなずいた。



 ホテルに戻ると、外交長官がさっそく詰め寄ってきた。

「宰相閣下。ベハイト失陥についてのご意見を伺いたい」

 ルドウィクは外交長官をにらんだ。

「それはこちらのセリフだ、外交長官。なぜそのような重要情報がこちらには入ってこない?」

「なぜ、とは────」

「帝国との通信は外交省の管轄だろう。なぜ共和国側はすぐに現地の情報が届いて、我々には届かないのか。答えろ」

「そ、それは……」

 きつく言い返され、外交長官は言いよどんだ。

「帝国の電信設備は、カレドニアがダズン港に設置したものを使用している。そのため、帝都とダズン港の間を行き来せねばならないため、やり取りに時間がかかっているからだ。

 ────帝都への電信設備の設置を反対したのは、どこの誰だったか、覚えているか?」

 ルドウィクの言葉に、苦々しそうな表情で外交長官は黙り込んだ。


 そのまま、ルドウィクとマリエルは部屋に戻った。

 部屋に入るなり、マリエルはさっと手帳を取り出し、メモを見せた。

 ルドウィクはそれを無言で読んだ。

「噂、か────」

 小さい声で、ルドウィクはつぶやく。

 マリエルは手帳をしまいながら、言った。

「ただ単語を聞きかじっただけなので、お役に立てる情報かどうかは、わかりませんが……」

 ルドウィクは、部屋の中をぐるぐると歩きはじめた。

 なにかを考えているときのクセだ。マリエルは、じっと動かずに待った。

「カレドニアとアクィタニアの動きが、共和国議会で噂になっている。だが噂だ。しかも出所は議員ですらない、ただの書記官。

 こちらを惑わせるブラフの可能性は?この情報を流したところで共和国側にメリットは少ない。列強が介入してくれば困るのは共和国だ。現段階でこちらに弱みを見せる理由がない。

 すると事実?しかし、噂レベルということはまだ実際の動きはない────?」

 ぶつぶつとつぶやきながら、ルドウィクは歩き回る。

 マリエルは不安になりながら、ルドウィクを目で追い続ける。

 もしかして、余計なことを言ってしまっただろうか。混乱させるだけの情報だっただろうか。


 ふいに、ルドウィクは立ち止まった。

「すまない、ありがとうマリエル。伝えてくれて助かった」

 マリエルはホッとして、頭を下げた。

「閣下のお役に立てたのであれば良いのですが」

「確定ではないにしろ、ヒントにはなった」

「ヒント、ですか?」

「ああ」

 ルドウィクはうなずいた。

「共和国側にも、休戦を急ぐ理由がある」




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