第8話 本気で惚れた妻を愚弄するやつには
「……あの、すみません。佐藤ひなちゃんの……お父様、ですか?」
「え? あ、はい。今日も迎えに……」
「キャーッ!! 本物よー……!」
ドアを開けて3秒。
何かのスイッチが入ったように、保育士3人+他の保護者2名が一斉に近寄ってきた。
「昨日の“パパ”ですよね!? あの、お名前って“サトシ”さんって……!」
「ひなちゃん、今日もニコニコで、ほんとに良い子で〜! パパにそっくり!」
「うちの子、今“パパイヤイヤ”期で……どうしたらあんなにパパ大好きになるんですか?」
「パパイヤ? あの南国フルーツの?」
「やだー! 佐藤さんったら冗談がお上手!」
(あれ? 俺、来たばっかりなんだけど……? なんでこんなに囲まれてるの?)
サトシは、混乱した。
完全に包囲されている。
笑顔で受け流そうとするが……そこに、救世主が現れた。
「パーパァァァッ!」
保育園の奥から、ひなが一直線に走ってきて、またしてもサトシの足に抱きついた。
「ほら、ひな、走っちゃだめだって」
「パパがきたのっ!」
ぎゅっ、と抱きつくひなを、サトシはそっと抱き上げた。
それだけで、その場にいた女性陣から小さな悲鳴。
「か、顔が優しすぎる……」
「あんなに自然に抱っこ……神……」
「カメラ回したい……」
そんな大騒ぎの中、一人のママがぽつりとつぶやいた。
「……でも、奥さん……あの子のお母さん、知ってます? ご主人はイケメンだけど、奥さんは秀才なんですってよ? しかもこの大学の才女って聞いたわよー」
「え、えぇ〜!? 勝ち組夫婦すぎる……!! わたしもこんなご主人に溺愛されてみたーい」
サトシはと言えば、ひなの手を握りながら、気まずそうに笑っていた。
(……いや、溺愛とかじゃないから。ただ、迎えに来ただけだから)
ママさんたちの中から、一人勝負に出た女がいた。
おしゃれにまとめた髪とパンツスーツが、品の良さを表していた。
「あの、佐藤さん……。ひなちゃんのパパ? 今度ママたちでお茶会しますの。佐藤さんもご一緒にいかがですか?」
「ありがとうございます。妻に伝えておきます」
「お茶会では、育児の男性参加がテーマで懇談しますの」
「はい、妻は出席すると思います」
「じゃなくて、……その……パパさんとご一緒に……」
「いたしませーん!」
「え、速攻で断る?」
「すみませんが、その手の話、全く興味ありませーん」
サトシは爽やかな笑顔を返した。
しかし、勝負女は諦めなかった。
更に詰め寄り、勝負女に賛同するママたちに、サトシは囲まれてしまった。。
「いいえ、お茶会には、女子大生の奥様よりも、育メンのパパさんに参加資格があるんですよ。佐藤さん、ぜひ育児のコツを教えてくださいません?」
「そうですよ、佐藤さん。ひなちゃんのパパってイケメンで有名ですよ」
「奥様は、普通の女子大生ですから、お勉強が大変なんでしょう?」
サトシは困った。
(はっきり言って、めんどくせーなー。妻が女子大生で何が悪い。だから、ここの保育施設に来てるのに。大学で学びながら育児してるって、スーパーウーマンだろ。地球を救うスーパーヒロインここにあり!だ)
「えーーーっと。お誘いありがとうございます。でも、わたしはたまたまお迎えに来てるだけで、育児のほとんどは妻がしてます。わたしが本気で惚れた妻を、愚弄するやつには……」
サトシは、最上級の決め顔をして見せた。
「関税250%かけます!」
「は? 意味わかんない……? どこから貿易の話に?」
「ので……失礼しまーす」
サトシは、ひなを抱いてベビーカーに乗せ、保育園を後にした。
家に帰って、サトシはひなに絵本を読んでやった。
ひなは、嬉しそうに笑い、保育園のことを思い出して、こう言った。
「パパ、みんなと、いっぱいおしゃべり、ちたね? しゅごーい!」
「うん……ちょっとね」
「パパ、たかしくんのママにイケメン、って呼ばれて、返事ちた? パパのお名前は、イケメン?」
「違うねー。パパのお名前はサトシだねー。間違えちゃったかなぁ」
「……おちゃかいって、なーに?」
「え、聞いてたの?」
「おちゃかいって、なーに?」
「さあ、なんだろねー」
「パパ、わかんない。じゃ、ママにきくね! おちゃかい。おちゃかいとイケメン! ママに聞いいたらね、ママなんでも教えてくれるよ!」
「やめて……」
サトシは、お迎えだけで騒ぎを起こしてしまう。
でも、本人は今日もきっぱり言い張る。
「俺、溺愛してないから。……たぶん」
……だから、それ聞いたって(天の声)




