第20話 ご褒美の残骸
最近、わたしの夫は忙しい。
毎晩、遅い時間の帰宅。
保育園のお迎えをしてもらう余裕は当然ない。
娘のひなとの生活時間がズレてしまい、ひなも寂しいのかもしれない。
ある日、わたしが保育園にお迎えに行くと、ひなは目を真っ赤にして泣くのをこらえていた。
「どうしたの? ひな」
「……」
わたしがひなの様子を心配すると、保育園の先生が説明した。
「ひなちゃん、お友達に遊んでいたおもちゃを取られちゃって……、でも、ひなちゃんは我慢して譲ってくれたんです」
まあ、なんて優しくて強い子なんだろう。
わたしはひなをぎゅっと抱きしめた。
ひなを抱っこしながら阿佐ヶ谷商店街を歩く。
「ひな? おもちゃ譲ったの、すごいねー」
「うん……、みいちゃん意地悪だけど、好きだからがまんした……」
「そうなんだー」
商店街を歩くと、女子高生時代によく寄り道したケーキ屋さんが目に入った。
「ひな……」
「ん」
自宅のリビングルーム。
ひなの前に、いちごのショートケーキを置いた。
「お友達を大切にしたご褒美よ。召し上がれ」
「わーい! いただきまぁす」
「どうぞ」
ひなはショートケーキをフォークで半分に切った。
上手に切るものだと感心してみていたら……、
「ママー、もう一枚お皿ちょうだい」
「どうするの?」
「これパパのぶん」
ひなは、半分にしたショートケーキのいちごがある方を指さした。
「ひな……パパのは別にちゃんと買ってあるよ。これはひなが全部食べな」
「いいの。パパは毎日お仕事がんばってるから……、パパにもご褒美あげたいの」
「……そっか」
わたしは、ひなの心の成長に胸がジーンとした。
ケーキを食べ終えると、ひなは絵本を読んでいた。
テーブルの上には、半分のショートケーキが新しい皿にラップをかけて置いてある。
ひなの手描きのメッセージカードが添えられていた。
『パパへ』
ひなは、テーブルのケーキをじっと見つめている。
わたしは知らないふりしてパソコンを開いていた。
(あ、ラップを取った。いちごに手が伸びた。食った!)
まあね。
いちごは食べたかったよね。
さっきはいちごが無い方だったからね。
しばらくして、ひなはぬいぐるみで遊び始めた。
また、テーブルのケーキを見に来た。
(ラップをはずしたな。あ、クリームの部分を食った!)
ひとくちぐらいね。
しょうがないよね。
夜遅く、ひながもう寝てしまってから、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
「はぁ~、疲れた。もう進路指導きっつ!」
「サトシ、真面目だからねー」
「そうでもない。ん?……」
サトシは、テーブルの上にあるメッセージカードを見つけた。
「えーーーっと、これ何?」
『パパへ』と書いたメッセージカード。
そして、丸いケーキ皿の上に、一口サイズのスポンジが丁寧にラップされていた。
「ひながサトシにあげたかったご褒美の残骸」
「残骸?」
わたしは笑いをこらえながら説明した。
「最初は普通のショートケーキだったんだけどね」
「最初は?」
「“いちごだけならいいかな”
“クリームだけ舐めていいかな”
“半分残ってればいいかな”
って、一時間くらい葛藤してた」
サトシは、吹き出した。
「……で、最後これだけ?」
「うん。でも、“パパにご褒美あげる”って、寝る直前まで言ってたよ」
サトシは静かにラップを外した。
小さなスポンジを一口食べる。
「……うまい」
「スポンジだけなのに?」
サトシは笑った。
「だって、ひなが我慢しようとした味がする」
「パパとお話したくて、きっと寂しいのよ。保育園でもずっと我慢してたみたいだし」
サトシは、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「そっか……、いい子だなひなは。
ところで、俺の晩飯これだけ?」
「あ、冷蔵庫に普通のショートケーキあるよ」
「あるんかい!!!」
「だって、こっち先に見せた方が面白いじゃん」
「美柑……、お前の意地悪って、相変わらず可愛いな!」
ふわぁー!
可愛いって言われたっ。
相変わらずデレているのは、そっちじゃん。




