第17話 サトシ先生は妻子の期待を裏切らない
「悪いけど、ひなをお願いね」
「任せろ。久しぶりに桃瀬たちと会うんだろ。楽しんできなよ」
「じゃ、行ってきまーす」
美柑は、白金女子学園の同級生たちと、久しぶりにランチする約束があって、出かけた。
サトシは、ひなとお留守番だ。
「さてと、ひなちゃん。パパとお留守番、がんばろーね」
「おー!」
ひなは、小さな拳を突き出した。
3歳になったひなは、遊びのバリエーションが増えていた。
特にお気に入りは、ぬいぐるみと絵本だ。
かつて美柑の勉強部屋だった部屋は、ひなのおもちゃルームになっていた。
ひなはお気に入りのぬいぐるみたちを並べて、鼻歌を歌いながら遊んでいる。
サトシは、車に荷物を入れっぱなしにしていたのを思い出した。
「ひなちゃーん、パパ、ちょっと車に荷物取りに行ってくるけど、ひとりで遊んでてね」
「うん、いいよー」
サトシは、車のドアを開けてカバンを出したついでに、後部座席に大きなクマの着ぐるみがあるのに気が付いた。
昨日、白金祭で使った着ぐるみをレンタル屋さんに返却するため、一旦持ち帰って来ていたのだ。
(返却する前に、せっかくだからひなに見せてあげよう。きっと、喜ぶぞ)
サトシは着ぐるみを持って家の中に入ったとき、ちょうどひなが一人でトイレに入ったのが見えた。
サトシは、おもちゃルームに入って、ひながトイレから出てくるのを待った。
(うーん、ただ待っているのも暇だな。……せっかくだから、着ぐるみだし着た方がリアルだよな。ひな、どういう反応するかな)
サトシは遊び心で、クマの着ぐるみを着てみた。
しばらくすると、ひながトイレから出た音がした。
ちゃんと洗面台で手を洗っているのだろうか、ひなはなかなかおもちゃルームに来ない。
(フフフ、驚くかな……)
サトシは着ぐるみの中でじっとしていた。
「パパー。ひな、一人でトイレできたよー。……あれ? パパ―、パパー! どこーー?」
(あれ、ひなちゃん。俺を探してる? マズい! このまま外に出たら危険だ。パパはここだよって言わなきゃ。……で、でも、クマさんが遊びに来たシチュエーションも崩したくない……)
「ひなちゃーん!」
迷った挙句、サトシはクマのキャラの声でひなを呼んだ。
「ひなちゃーん、こっち。こっちだよー」
ひなは、何者かに名前を呼ばれて、不思議そうにおもちゃルームのドアを開けた
すると、おおきなクマのぬいぐるみの手が、ひなにむかっておいでおいでをしていた。
幼いひなにとって、それは恐怖でしかない。
「……? ふぇ? 何? こわい。……こわーい」
サトシはパパだと気づいてもらおうと、ひなに近づこうとした。
「ひなちゃーん」
「キャーーーー! こわーいー。パパ―、パパ―!!」
「ひなちゃん、パパはここだよ!」
サトシはクマの姿で娘に話しかけた。
「あ、パパの声! パパ―?」
ひなは、クマのサトシに向かって突進してきた。
なんといことか。
ひなの頭がサトシの股間を直撃した。
チーン!
「あぅっ!」
サトシはそのまま部屋に倒れた。
ひなは、着ぐるみの中で気絶寸前のパパが、悶絶しているとは思ってもいない。
だが、ひなは何かに気づいたのか、突然クマに抱き着いた。
「パパの匂い! パパの匂いするねー」
おおきなクマのモフモフが気に入ったらしく、ひなはクマのお腹の上で顔をスリスリして甘えた。
「パーパ、パーパ……」
サトシはこの幸せな時間を壊したくなかった。
着ぐるみを脱いで、愛娘の夢を壊すなんてもってのほかだ。
そのまま、しばらくじっとしていることにした。
夕方、美柑は帰宅した。
「ただいまー」
サトシもひなも玄関に出て来ない。
「あれ? 買い物に出ちゃったのかなー」
キッチンにもリビングにもいない。
「寝ちゃったの?」
寝室を見ても、夫と娘の姿がない。
「え? おもちゃルームでまだ遊んでるの?」
ドアをそっと開けて見てみると。
ひなはおおきなクマのぬいぐるみの上で寝ていた。
(げっ! あんなデカいクマのぬいぐるみ、うちにあったっけ? え、……誰?……)
美柑は、そーっとひなをソファに移動させ寝かせた。
そして、恐る恐る、着ぐるみを揺らしてみた。
「うーん……」
「この声は……、サトシなの?」
「ああ、おかえりー、美柑。助けて、起き上がれないんだ」
「何? いったいどうしたの?」
サトシは着ぐるみを脱ぐのを美柑に手伝ってもらいながら、留守番中の出来事を話した。
着ぐるみの中から、汗びっしょりのサトシが出てきて笑った。
「ハハハ。ひなの夢を壊したくなくて、ずっとこのままでいたんだよ」
美柑がタオルを渡すと、サトシは汗で濡れたシャツを脱いだ。
タオルで汗を拭くサトシの上半身に、美柑はドキドキした。
「ん? 何」
「や、何も……」
美柑は平気を装いつつ、心の中で狼狽えていた。
(やっばー! なんだかドキッとしたー。なにこれ男の色気? やだ、わたしったら何考えてるの。いやらしい)
美柑は耳まで真っ赤になり、胸がドキドキして止まらない。
「美柑、どうした? ハグでもしとく?」
そこへ、サトシの顔が大接近してきて、美柑の額と額をあわせてきた。
同級生たちと会って来た美柑にとって、この元教師とのシチュエーションはかなり刺激的だった。
(待って。今日ハルちゃんたちに聞かれちゃったこと思い出したわ。先生って夜の方はどうなのって……)
美柑は何も言えず固まってしまった。
「あれ、ごめん、美柑。気分害した? ハグなんかしたら怒られちゃうか」
サトシはすくっと立ち上がると、あっさりと部屋から出て行った。
「俺、シャワーあびてくるわ」
肩透かしを食らった美柑は、思わず引き留めた。
「ちょっと待って!」
サトシを捕まえようと、ズボンをつかんだ。
だが、美柑は急いだあまりよろけて転んでしまった。
――バタッ!
「あ……」
――ズルッ
美柑によってズボンを降ろされたサトシ。
「み、美柑、……ズボン……上げていい? それとも、このままこっちに直行する?」
サトシは降ろされたズボンを押さえながら、真っ赤になって親指で寝室をさした。
(きゃっ! わたしったら何てことを……。でも、これでいいーー! ナイス!)
照れながら決め顔するサトシの問に、美柑の答えは決まっていた。




