表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サトシ先生は妻子を溺愛していない(と本人は言い張る)  作者: 白神ブナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/19

第14話 パパと呼ばないで

「……パパ、来ないで」


 ある夜、ひなは小さな声で言った。

サトシと美柑が、次の保育参観の話をしているときだった。


「えっ、どうして? パパ、ひなのこと大好きで、見に行きたいんだけどな……」


サトシは驚いて、娘の顔を覗き込んだ。

ひなは、ちょっと困った顔で、ぽつりと言った。


「マコちゃんも、ユリちゃんも、……お友達のお迎え、みんなスカートのきれいなママなのに……ひなだけ、パパなの。」


サトシの胸がチクリと痛んだ。


数か月前の保育参観日、保育園には華やかなママたちばかりが並んでいた。

サトシは一人だけ目立つ“パパ”だった。

先生たちも優しかったし、ひなもがんばっていた。

……しかし、子どもは敏感だ。


「……そっか。嫌な思い、させちゃったね」


サトシはそう言って、ひなをギュッと抱きしめた。



 数日後。

次の参観日が近づいてきた。

サトシは放課後、学校から仕事中の美柑に電話した。


「ねえ、美柑……次、やっぱり君が行ってあげたほうが――」


―「……ごめん。どうしても外せない仕事があるの。その日休むことは無理」


「そっか、じゃ、仕方ないね。俺が行くよ」


―「待って。ひなともう一度話してみるわ」


「いいんだよ、無理しないで。美柑はせっかく大学の国際交流センターに就職できたんだから。やりたかった夢に向かってがんばりなさい」


―「サトシ……」


電話の向こうで、美柑の声が申し訳なさそうに揺れた。



 その日の夜。

サトシが家に帰ってくると。


「ただいまー」


美柑はリビングで慌ただしく片付けると、玄関まで出て来た。


「おかえりー。ひな、ちょっと待っててね。サトシー? ちょっと……」


「ん?」


美柑は、サトシの手を引いてすぐにベッドルームに入るとドアを閉めた。


「おー! ちょっと……今からするんですかー? 美柑さん、積極的に攻めてきますねー」


「バカ、何と勘違いしてんの。違うわよ」


「なに? 違うの? どしたの?」


美柑は、サトシの顏をじっと見つめた。


「あのね、サトシにプレゼントがあるんだけど……ひなと選んだのよ」


「え、うわー、嬉しい! 何?」


挿絵(By みてみん)


サトシの顔がパッと明るくなった。

美柑は嬉しそうにしているサトシに、大きな箱を差し出した。


「ジャーン! パパのお洋服ですっ!」


「……ん? マジで? 嬉しいなぁ。着るよ、美柑とひなが俺のために選んでくれたんだろ? 絶対着る!」


サトシはそう言いながら、箱を開けた。

袋から出てきたのは、淡いミントグリーンのワンピースだった。


「……え、スカート……? 美柑のじゃないの?」


「ちがうよ。ひながパパのために選んだの。『パパもスカート履いたら、ママみたいになれる』って」


サトシは固まった。

ベッドルームのドアをちょっとだけ開けて、ひながニコニコして立っていた。


「ねーねー、パパ、嬉しい? ひなが選んだプレゼント」


「え……えぇっ……俺……スカート……!?」


「サトシ、言ったよね。さっきさぁ、“うれしい!”って言ったよね? “絶対着る!”って言ったよね?」


妻と娘の双方向から、サトシはロックオンされた。

どう見ても、勝算はない。

サトシは、白旗を上げた。


「……着ます……着ますとも……パパは愛されていますから……」




 そして、保育参観、当日。

学校に早退届を出し、サトシは駅のトイレで、こっそり着替えていた。


(おかしい……俺、英語教師で……30代後半の男で……なんでいま、ストッキング履いてんだろ……カツラまで被って、どうみても変質者だ。大丈夫か? 職質されないか?)


パンプスで怪我をしないように、美柑が選んでくれたローヒールがせめても救いだった。

それでも、スカートの解放感に心もとなく、膝は震えた。

しかし……


“パパ、がんばって!”


昨夜の妻子の言葉が胸にあるから、彼は前に進めた。


保育園に到着すると、ママたちがざわついた。


挿絵(By みてみん)


「……あれ? あのミントグリーンのワンピース……誰のママかしら」

「え、え、きれいな人……? それに背が高い……モデルさんかしら……?」


場違い感、MAX……ではなかった。

サトシの美しい顔立ちは、そのまま女性としてその場になじんでいた。


保育園の先生は、廊下で「ん?」と首をかしげた。


「すみません、あの……ご父兄の方ですか?」


長い茶色の髪、ミントグリーンのワンピースに、控えめな口紅。

違和感ない保護者風の人物を前にして、園の職員は戸惑っていた。


サトシは、女性のように声のトーンを上げて、ひとこと。


「……ひなちゃんのパパ……の姉です」


「……は?」


「義妹の代わりに来ました。弟もどうしても仕事で来られなくて……」


「えっと……パパのお姉さまなんですか?」


「ええ、ちょっと背が高くて恥ずかしんですけど。ホホホホ」


「えっ、あ、あの、すみません、確認ですが……ひなちゃんの……?」


「伯母ですわね。ホホホホ」


先生は混乱した。

他のママたちもざわつきはじめた。


(あれが噂の“サトシ先生”? じゃなくてその“姉”の方?)


ひなは、美柑によく言いきかされたのか、教わった通りに駆け寄った。


「おねーちゃーん♡ きれいーっ!!」


と笑って抱き着いた。


サトシ(自称:姉)はぎこちなく、笑顔を作った。


(……今日だけは、“お姉ちゃん”で通す……パパのプライドより、娘の笑顔だ……! 許せ、レイコ姉さん)


サトシは心の中で実の姉に向かって謝罪した。




 参観後、ひなの手を引いて帰ろうとしたサトシを、保育士が呼び止めた。


「……あの、サトシ先生ですよね」


「あ……バレましたか」


「やっぱり。だって、メガネがほら、同じですもの。でも、他のママ達にはバレなかったみたいですよ」


「そうですか……すみません、職業倫理、捨てました」


「いえ。愛を見ました。今日の参観、一番ステキでしたよ」


「……ありがとうございます。次は女装よりも……普通に、仕事を休めるようにがんばります……」




 手をつないで帰る途中、ひながぽつりと言った。


「パパ、おねえちゃんみたい……でもね……パパのにおいだったね」


「……そっか。パパ、ばれてたか」


「でも、だいすきだよ。パパ、おねえちゃんになってくれてありがとう」


その一言で、また一歩、スカートを履いてよかったと思うサトシだった。


「……パパ、正直、死ぬほど恥ずかしかったけど……、ひなの笑顔見られたから、もうそれでいいや……」


「ほんとう? じゃあ、また着てね!」


「……できれば次回は……パンツスタイルでお願いしたいです……」


女装したサトシは、娘と手を繋いで家路を急いだ。


「あ、待って、ひな。駅のトイレで着替えてもいいかな、パパ。この格好で阿佐ヶ谷商店街歩くの、厳しい……」


「やー! スカートがいい。おねえちゃんパパがいいのー!」


「うん、わかったー。でも、家に帰るまで、パパと呼ばないでねー。お願い」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ