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サトシ先生は妻子を溺愛していない(と本人は言い張る)  作者: 白神ブナ


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12/19

第12話 すっぴん妻はそこそこ美人

 サトシは、今日も朝からバタバタしていた。

美柑は卒業論文の最終提出を終え、いよいよ大学を卒業する。

キャンパス内の保育園は使えなくなったため、ひなはこの春から、サトシの勤務先・白金女子学園の近くの保育園に転園することにした。


「俺が送り迎えできる距離だと、安心なんだよな……」


なんて言いながら、自分の弁当を玄関に忘れて出勤したのも、その「安心」のせいかもしれない。



 一方の美柑はというと……。

転園して始まった一週間の慣らし保育。

慣れるまでは、一時間しか預けることが出来ない。

美柑の仕事が本格化するまえに、この期間を乗り切らなければならなかった。


「えーっと、ひなのオムツセットよし、お弁当よし、連絡帳……あれ? サトシのお弁当、玄関に……」


気づいた瞬間、既に時刻は8時15分。ひなの登園が8時半、サトシの勤務先に転園しておいてよかった。

ひなを預けてから、白金女子学園に移動するのは可能だ。


「ま、間に合う……!」


すっぴんに日焼け止めだけを塗り、髪を一つに結んで、ジャージにスニーカー。まるで早朝のマラソンランナーという服装だが、行くしかない。


 美柑はひなを保育園に預けると、すぐさま白金女子学園へ猛ダッシュした。

どうにか1限の始業前に校舎へと滑り込むと、職員室に顔を出した。


「す、すみませーん。お、お弁当……! サトシ先生、いらっしゃいますか……?」


職員室の空気が一瞬止まり……そして弾けた。


「えっ! 美柑ちゃん!?」

「わー、ほんとだー!」

「卒業して何年? 大人っぽくなったね~!」

「それより、すごく急いできたんでしょ。お水いる? 大丈夫?」


美柑は、汗だくの顔に無言でうなずくと、差し出されたペットボトルの水をがぶがぶ飲んだ。

体育の大山先生は、まるでアスリートに給水している気分になった。


挿絵(By みてみん)


「がんばれ、美柑! お前ならゴールできる!」

「大山先生、……陸上部じゃないんだから」

「あ、間違えた。やったな、ゴールだ……か」

「いや、そうじゃなくて……」


美柑はふうーっと息を吐いてからペコリと頭を下げ、大山先生にお弁当を預けた。


「ありがとうございます……あの、これ、うちの主人のお弁当。忘れちゃったみたいで……」


「桜井!じゃない美柑ちゃん! うちの主人だってーーーー??!!」

「キャー、サトシ先生ったら、美柑ちゃんに『主人』なんて呼ばせちゃってーー!」

「ああ、わたしもサトシ先生を『うちの主人』って呼んでみたーい」

「緑川先生、わかります。その気持ち!」


美柑は、サトシを『うちの主人』と言って後悔した。


(普通に、サトシ先生って言えばよかった。マズった……)


気を取り直して、改めて丁寧に言った。


「あの、サトシ先生は授業中みたいなので……これで……」


逃げるように職員室を後にした。


その頃、ちょうど教室の前を通りかかった生徒たちが、階段の踊り場でぺちゃくちゃと噂をしていた。


「ねえねえ、聞いた? サトシ先生の奥さんって、ここの卒業生なんだって」

「えっ、マジ? 」

「しかも超絶美人らしいよ」

「え、あのクールでイケメンなサトシ先生のハートを射止めたなんて、凄ーい。ロマン感じる〜。やっぱ美人って得よねー」


その声を背に、美柑は心の中で(やめて~~~!)と叫びながら、小走りで校門を抜けた。


(すっぴんで汗だくで、ジャージ姿で『超絶美人』とか言われたら……地獄……)



 その日の夜。


「ただいま〜。今日はお弁当届けてくれてありがとね」


「保育園が学校の近くで助かったわ」


「ひな、ただいまー。うううーん、可愛いよぉ」


「パーパ、イケメン!」


「ありがとー!」


サトシはひなをギュッと抱きしめた。


「手を洗ってってば! いつも言ってるでしょ! ……ところでさ、今日学校行ったらさ、サトシ先生の奥さん“すっごい美人説”が流れてるんだよねー」


「……へえ?」


サトシはひなをあやしながら、知らん顔をした。


「職員室から帰ろうとしたら、女生徒たちがおしゃべりしてるの聞いたもん。なんで噂になってんのかなあ」


「うん? そうだった?」


「誰が流した噂なんだろね。サトシが自分で言うわけないよねー」


「言わない、言わない。俺じゃない。俺は学校で、そんなに愛妻家オーラ出してないから」


「どうだか……」


「え、疑われてるの? 俺」


「無いね。噂するとしたら、工藤先生? これも、無いわね。おしゃべりなのは青柳先生か? 可能性はあるけど、ただいま婚活中が人の奥さん褒めるかなぁ」


「ううーーん。誰が言ったっていいよ。事実なんだし」


「困るのよ。事実と違う! 生徒たちの夢と理想を壊してしまうわ」


「えーーー? そんなことないよー。美柑は超絶じゃないけど、そこそこ美人だよー」


サトシは正直に表現しすぎた。


「微妙な誉め言葉やめて。じゃ、ひなはどれくらい美人なの?」


「なんで、ひなと比べるんだ。俺にとって、どっちも愛しい存在で超絶可愛いのにー」


サトシは悲しい目をした子犬のように泣いた。


「クゥーン……」




 翌日。


サトシは家に帰ってくると、手を洗いながら美柑に報告した。


「わかったぞ。噂流しの犯人が」


「え、誰?」


「職員室で、例の噂って誰が流したか聞いてみたんだ。そしたらさ、“俺が言ったんじゃないよ”って他の先生たちが否定する中で、最後にひとり……校長先生が」


「校長……?」


「『いやあ〜、彼女は本当にきれいだったからね。うちの生徒たちにはまだ早いけど、ああいう凛とした女性に育ってくれたら嬉しいなあ』って、生徒たちの前で言ったそうだ」


「ちょっと校長……どこで美化されたの……?」


サトシは明るく笑いながら、美柑の頭をぽんぽんと撫でた。


「ありがとな。愛妻弁当が自慢なんだぞ。それに忘れたら、わざわざお弁当届けてくれるし」


「ほんと、感謝してよね。もう一生分、美人ってことにしておいてくれるなら、許す」


「うん、じゃあ一生言う。“俺の奥さん、世界一美人”って」


「……フフフ。ひなに聞かれたら笑われるから、内緒ね」


挿絵(By みてみん)


その横で、ひなが突然割り込んできた。


「ママー、そこそこびじん〜♡」


サトシと美柑は、顔を見合わせて吹き出した。


「言葉、すぐ覚えちゃうね」


「そりゃ、君に似たんだろう。語学が得意だから」


サトシ先生の家は今日も笑い声が絶えない。





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