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第一話 ヨハン、来日する(六)

 夜の七時すぎになって、ヨハンたちを乗せた車は、ようやくタケルの実家に到着した。


「それじゃヨハン教授、ニナさん。つぎはまた大学で! じゃあなタケル!」


 彼らを無事送り届けるという大役を仰せつかったキースだったが、家に上がってお茶でも、というタケルたちの誘いを断って帰宅の途についた。やはり一日中黒紋付の和装姿というのは彼には堅苦しかったらしく、一刻も早く家に帰って楽な服装になりたいというのが本音だろうか。



「あらー、いらっしゃいニナちゃん、ヨハンくん。遠いところ、大変だったわねえ。タケルも、お迎えご苦労さま」


 そう言って玄関まで出迎えたのは、タケルの母親である司馬(しば)佳織(かおり)だった。ちなみに市役所職員である父親は、今日も残業で遅いようだ。


「佳織おばさまも、お元気そうでなによりです。ほら、ヨハン。佳織おばさまよ」


 ニナはお辞儀しながら、抱っこしていたヨハンに話しかけた。


「こんばんは、佳織さん! タケルと違って、ぜんぜん変わってなくてびっくりしちゃったよ」


「あら、そう? ヨハンくんも、あの時のまんまね。ニナちゃんはすごい美人になっちゃったけど。また二人といっしょに暮らせることになって、うれしいわ」


 タケルの母親・佳織とニナの母親・円和(エナ)は同郷の幼なじみで、学生時代をともに過ごした親友同士。その付き合いはそれぞれの結婚後も続き、その縁でタケルたち親子三人は、二年間ほどニナの実家であるベルリンのローゼンクランツ家で生活していたのだ。


「まあまあ、立ち話はそれくらいにして。早く上がってもらおうよ母さん」


「そうだったわね、ごめんなさい。どうぞお上がりください――――」



 あらためて司馬家に頭を下げ、挨拶をしたニナとヨハン。そして客間に通された二人の前に、お茶とお茶菓子をゆっくりと運んできたのは、にこやかに微笑む小さなおばあさんだった。


「はい。どうぞ、いらっしゃい。どうぞ」


「あの、はじめまして。私、ニナ・ローゼンクランツです。よろしくお願いします!」


「はいはい。私はね、タケルのお父さんのお母さんの、イトといいます。よろしくね、ニナさん」


 タケルの祖母・司馬イトはテーブルに湯呑茶碗を置きながら、にっこりと会釈をした。御年八十二歳となる古き良き日本のおばあちゃんは、ドイツからやって来た欧州娘と黒白猫の二人をこころよく迎えた。


「おばあちゃん、ぼくヨハン! これから、この家でお世話になります!」


「あらまあ、ちゃんとご挨拶できるなんて、礼儀正しいネコちゃんだこと」


「ぼくはね、魔法が使える熟練魔導猫なんだよ」


「そーお」


「それから、世界初の猫の大学教授になるんだ」


「ほんとかい。賢いねえ」


「えへへ」


 イトおばあちゃんは、優しくヨハンの頭をなでた。二人の会話を、緊張を持って見守っていたタケルとニナだったが、とくに問題なかったようだ。イトおばあちゃんは心が広く穏やかな性格だということだが、猫がしゃべったくらいでは動じない寛容な精神も持ち合わせているらしい。


「そう言えばヨハンちゃん。どこかで見たと思ったらあなた、今日テレビに出てらしたわよ」


「テレビ?」


「ええ、夕方のニュース番組でね」


 そう言いながらイトおばあちゃんは、手元のテレビのリモコンを押した。ちょうど公共放送のチャンネルで、夜のニュースが流れていた。


「――そして、観光客でごった返す東京国際クルーズターミナルで、見事二人組の外国人窃盗容疑者を現行犯逮捕したのは、ドイツのベルリンから来日したという猫の妖魔人(フェアリアン)、ヨハン・シュレディンガーくん(二六)。目にもとまらぬ強力な竜巻魔法で、犯人たちを一網打尽です」


《はいはいどもども。こっちカメラ? サイン書く?》


 そう言ってカメラ目線のヨハンが、「ヨハン・カッツェ・シュレディンガー」とカタカナで大書したメモ帳を見せてドヤ顔を見せる姿が、全国ネットで放送されていた。


「あれー? あのとき、テレビカメラなんて来てたの?」


「いや、これはたぶん、一般視聴者からの提供映像かな」


 今や、携帯(スマホ)のカメラでいつでもどこでもなんでも撮れる時代。しゃべる魔導猫による捕物話なんて、大衆にとって格好のスクープだろう。


「どうするの? ヨハン。こんな大ゴトになっちゃって大丈夫?」


「べつにいいんじゃないの? 悪いコトしたわけじゃないんだし」


 そう言いながらヨハンは、両前肢で持った湯呑茶碗のお茶をフーフーしつつ口をつけ、(あち)っ! と声を上げた。ご多分に漏れず彼もまた、猫舌らしい。

 

「えらいねえ、ヨハンちゃん」


「えへへ」


 眉間にしわを寄せて顔を見合わせるタケルやニナたちをよそに、イトおばあちゃんはなお一層優しくヨハンの頭をなでた。




「――それじゃ、ヨハンくんの部屋はこっち。ニナちゃんは向こうね」


 佳織は二階に上がり、ヨハンとニナを部屋に案内した。花東京市の中心地である田儂(たわし)町の日本家屋である司馬家には、新たな居候にそれぞれ個室を提供できるほどの広さがあった。


「わぁお、広くてステキなお部屋!」


「やった! ぼくのは(タタミ)の部屋だ!」


「それで、二人のお荷物はこれから届くのかしら?」


 これから、東京での新生活がはじまるマイルームに喜びの声を上げる二人を見ながら、佳織はタケルにたずねた。


「いや、どうやらあのトランクだけらしいよ」


「ええっ?」


 ヨハンとニナは、空っぽの部屋の真ん中にトランクを置くと、それぞれが扉を閉めてその前に背を向けて立った。そして、短い呪文の詠唱のあと声をそろえてこう言った。


移転魔法(リロケーション)!」


 そして二人が嬉々としてドアを開けると、なんとそこにはさまざまな家具や私物が整然と置かれていたのだった。

 ヨハンの部屋には勉強机に本棚。数々の家庭用ゲーム機にゲームソフト。それに魔法のアイテムと思しき奇妙な道具が所狭しと並んでいる。いっぽうニナのほうはベッドにパソコンに化粧台、そしてタンスにクローゼットと、年頃の女の子らしいファッショナブルな洋服や装飾でいっぱいだった。


「すっ、すごい! さっきまでなんにもなかったのに、どうして?」


「ふふん。これはね、ぼくらのベルリンの家から、トランクを経由して部屋をまるごと引っ越してきちゃうっていう魔法なのさ」


「便利でしょ? タケル。ま、生きてるものは持ってこれないから、高所恐怖症の猫はトランクに詰めてもムダだけど」


「うるさいなあ。これは、ぼくが教えてあげた魔法なんだからね? すこしは感謝してほしいもんだよ」


「はいはい、Danke(ダンケ) Danke(ダンケ)


「ほらまた!」



 こうして、ヨハンたちの日本での最初の一日が過ぎていった。




第二話に続く



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