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第一話 ヨハン、来日する(四)

 外国人の窃盗犯二人組を警察に引き渡して、通り一遍の事情聴取を受けたのち、ようやくヨハンたちはカメラを取り戻して解放された。東京国際クルーズターミナルから花東京市の田儂(たわし)にあるタケルの実家までは、キースの運転する車で彼らを送る手はずとなっている。


「ずいぶん大きな車だねえ! まさかこれ、キースくんの?」


 ヨハンは、目の前に滑り込んできたキースの車を見て驚きの声を上げた。おそらく六、七百万は下らぬと思しき、高級感あふれるランドクルーザーだったからだ。


「いやあ、さすがに俺のじゃないっす。母ちゃ……いや(ハハ)が、けっこうアウトドア好きで」


 タケルはキースの母親、天ヶ宮(あまがみや)絹子(きぬこ)の顔を思い出していた。ふだんは上品を絵に描いたような和服美人だが、休日にはランクルで野山を駆け巡るワイルドな一面を持ち合わせている。ちなみにキースも十八歳になったのとほぼ同時に、普通自動車と大型二輪の免許を取得済みである。



「あのさあ二人とも、荷物はホントにそれだけなの?」


 後部座席に乗り込んだヨハンとニナに、助手(ナビ)席のタケルは不思議そうに問いかけた。ドイツから船便で三ヵ月もかけて日本にやってきた彼らの荷物は、それぞれのトランクたったふたつだけだったからである。


「ええ、これだけ。必要なものは、全部ちゃんとこの中に入ってるわ」


「そっ。ぼくらは旅慣れてるからね。余計なものは持ってこないのさ」


「いやさ、二人がドイツから引っ越してくるっていうから、荷物積むのにトラックでも借りてこなきゃと思ってたけど、このランクルで十分だったよな」


「そうだよね。まあよかったよキース」


 彼らを乗せた車は東京国際クルーズターミナルを後にして、ゆっくりと進みはじめた。



「それにしてもニナ、もうあんな魔法が使えるんだね! 『瞬速魔法(ブリンク)』だっけ?」


 タケルは振り返って、ニナに話しかけた。ヨハンが熟練魔導師(マスターウィザード)であるということは周知の事実だが、幼なじみのニナがすでに魔法を習得済みとは知らなかった。


「うん、初級魔法なんだけどね。いくつか、おじいちゃんから習ったの」


「おじいちゃんって、あのカール・ローゼンクランツ博士?」


「そうよキースくん。よく知ってるのね」


「そりゃあもちろん!」


 キースでなくとも、魔法学を志す人間でカール・ローゼンクランツ博士の名を知らぬ者などいない。カール博士はベルリン・フンボルト大学生命科学部の名誉教授にして、世界に先駆けて「魔法」を生物学に基づくまったく新しい科学的な学問のひとつとして体系づけた、現代魔法学の権威なのだ。そして、彼自身も熟練魔導師(マスターウィザード)である。


瞬速魔法(ブリンク)は物体を瞬間移動させる魔法だけど、確実に目に見えるところまでしか移動できないからね。ぼくのとこからは、犯人の場所がよく見えなかったからさ。ニナに手伝ってもらったってわけ」


「でも、久しぶりの魔法にしては、うまくできたでしょ?」


「まあね」


 急なこととはいえ、ヨハンとニナのコンビネーションは抜群だった。タケルとキースは、訓練しだいで自分たちにもあのような魔法が使えるようになる、ということをあらためて実感していた。



「ところでニナ、さっきなんだけど」


「なによヨハン」


「ポロっとドイツ語しゃべってなかった? ほら、トランクから指揮棒(タクト)を取り出したとき」


「ええっ? 言ってないわよ!」


「いいや言った。『Alles(アレス) gut(グーツ)』ってね。間違いないよ」


「うーん……言った……ような……気も……するけど…………。ほんのちょっとでしょ? べつにいいじゃん! 急いでたんだし!」


「ふーん。ま、緊急事態だったしね。今回は特別に、おまけしといてあげるよ」


「は? なにそれ、ムカつく!」


 タケルとキースは、なんとも言えない表情で二人の会話を聴いていた。目をつぶっていると、どう聴いても他愛ない少年と少女の会話にしか思えない。しかし実際この少年の声は、この小さな黒白猫がこの小さな口から話しているのだ。

 それにしても、ヨハンの発する「おまけ」という単語の流暢さ。ドイツ生まれの猫が話す言葉なのか?


(なっ、すごいだろ……?)

(ああ、すげえよな……!)


 助手席のタケルと運転席のキースは顔を見合わせながら、今日の出会いにあらためて感動の意を表していた。



 車窓を流れる東京の景色に、はじめは歓声を上げていたヨハンだったが、しだいにその声も静かになっていった。長い船旅に加えてさきほどの泥棒騒動もあり、疲れてしまったのか。ニナの膝の上で、くーくーと寝息を立てて眠ってしまった。


「ヨハン寝ちゃった? ニナ」


「うん。こうしてると、ホントただの猫なんだけどね」


「……あのう、ニナさん。ひとつ、聞いてもいいすか?」


 ハンドルを握りながら、キースがたずねた。黒紋付姿のエルフ男と大型SUVのランクルは、不思議なことになぜかちゃんと絵になっていた。


「なに? キースくん」


「ヨハンとは、ずっと同じ家で一緒に暮らしてきたんだよね?」


「そうよ。私が生まれたときには、もうウチに住んでたからね」


「ってことは……いったい今何歳(いくつ)なんすか? ヨハンって」


「えーっと。今年の二月に誕生日のお祝いしたばかりだから、二十六歳よ」


「に、二十六?」


 キースとタケルは、声を揃えて驚いた。この年齢ひとつとってみても、ヨハンがふつうの猫ではないことがよくわかる。

 並の猫なら、おそらく二十年生きることも至難の業だ。しかも彼は、まだまだ若い。魔導猫の寿命が何年あるのか定かではないが、フェアリアンであるヨハンなら数十年、いや数百年生きても不思議ではないだろう。


「じゃ、もうひとつ。ヨハンはローゼンクランツ家で暮らしてきたのに、どうしてヨハン・ローゼンクランツじゃなくてヨハン・シュレディンガーって名前なんだ?」


 キースの質問に、タケルは心の中で「それ、ぼくも気になってた!」と思った。ドイツで二年間ともに暮らしたヨハンからは、そうした込み入った話は聞いたことがなかったからだ(無論、幼かったということもあるが)。


「ああ、それは単純な話。ヨハンのお父さんが、シュレディンガーって名前だったからよ」


「えっ? どういうこと、ニナ」


「うーん、ていうかこれ、勝手に話していいのかなあ。個人的(プライベート)なコトだし……」


「いや、ムリに話してくれなくてもいいんすけど」


「……まあいいわ。べつに隠すことじゃないしね」


 そう言うとニナは、眠るヨハンの身体を優しくなでながら、彼の出生についての話をはじめた。




続く




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