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第四話 ヨハンと奇妙な新入生(四)

 一方、学生たちに向けたオリエンテーションの事前ミーティングに参加するため、教授たちが集合する会議室へと急いだヨハン。なんとか、決められた時間にはギリギリ間に合いそうだ。


「おはようございまーす! すみません、遅くなっちゃって……」


 はるか頭上にあって前肢が届かないため、念動力魔法(テレキネシス)を使ってノブを回してからドアを勢いよく開けて会議室に入ったヨハンだったが、薄暗い部屋の中にはなぜかだれもいなかった。


「……あれ? どしたんだろ。もしかして部屋間違えちゃったかな」




「――何をしている。早く席に着きたまえ、ヨハン・(カッツェ)・シュレディンガー」


「ひゃいっ!」


 その声を聞いて、ヨハンは飛び上がるほど驚いた。よく見ると、会議室の一番奥の席に男性が座っている。あまりにも静かに(たたず)んでいたため、まったく気づかなかった。


「ら、ラドゥー学部長!」


 鳴城獅賀大学魔法学部の学部長を兼任する、「魔法呪術学」のラドゥー・グリフォス教授である。彼の服装は、つねに一貫して漆黒のローブだ。幻想境・アルヴァルシアの習慣として、かならず身に着けるべき魔法使いの証「魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)」である、シルクと思しき真紅のハンカチーフが胸ポケットからのぞいている。

 ラドゥー教授は読んでいた本を閉じながら、ゆっくりとヨハンのほうを向いて言った。


「いつも騒がしいな君は。教授であるならば、もっと威厳と落ち着きを持つべきだ。そんなことでは、学生たちへの示しがつかん」


「は、はあ……」


 正直、口答えのひとつもしてやりたいヨハンだったが、ラドゥーの眼力に押されて言葉が出なかった。壮年のハイエルフである学部長はさらに小言を続ける。


「まったく。だいたい、君のような若造の魔導猫に大学教授など務まるのかね」


「………………は?」


 たしかに自分は弱冠二十六歳のちっぽけな猫だが、「魔法心理学」を専攻する大学教授としても、赤い首輪を持つ熟練魔導師(マスターウィザード)としても、しかるべき機関からちゃんとその能力を認められている。

 なんとも苛立(いらだ)たせる口ぶりだったが、ここで直属の上司にあたる存在とやりあって今後の教員生活に支障が出るのもなんだと思い、ヨハンはひとまず矛を収めることにした。


「あの、それで、他の教授は?」


「ふん。まだだれも来ておらん」



 そのとき、会議室の窓をノックする音が聞こえた。ヨハンが窓際に近寄ってみると、そこには一羽のツバメがとまっていて、くちばしでコンコンとガラスをついばんでいる。


「この鳥、もしかして……」


 ヨハンは、念動力魔法(テレキネシス)で窓のカギを開けた。羽ばたきながら会議室に飛び込んできたそのツバメは、しばらく部屋の中を滑空したのち、床の上で少女の姿に変わった。どうやらこれは、ツバメの姿になる変化魔法(メタモルフォーゼ)のようだ。


「ふう。ありがとうございます、ヨハン教授。なんとか間に合いました」


「今まで、何をしていたのかね、ミクリム・クッペリン教授」


「はい! 朝の空気がとっても爽やかなので、ツバメになってこの辺りを飛び回っていました。桜の花が満開で、とってもきれいですね」


「そ、そうだよねミクリム教授! ぼくも、登校するときに自転車から見たけど、この季節の花東京市の桜並木はサイコーだと思うな」


「ええ。とってもステキです!」


 そう言ってミクリムは笑った。のどかな彼女の雰囲気が、先ほどまで会議室中に漂っていた緊張感をほぐしていく。

 大きな丸い耳を持つノームという種族は、人間に比べてもはるかに小柄だ。年齢は定かではないが、「魔法精霊学」を担当する彼女も立派な熟練魔導師(マスターウィザード)であり、ひょっとするとヨハンよりも年上である可能性もある。


「ところで、ミクリム教授。そのランドセルは……」


「ああこれ、いっぱい入って丈夫で、とっても便利なんですよ。私、いつも愛用してるんです」


 ミクリムが背負っているこの赤いランドセルが、彼女にとっての「魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)」なのだろう。その姿は、どう見ても小学生女児だが。



「ところで、グロマス・ホドヨォド教授を知らんかね? まだ来ていないようなのだが……」


「あら、ラドゥー教授。グロマス教授ならそこにいらっしゃいますよ」


「えっ? どこ?」


 ミクリムが指さした部屋の片隅を見ると、そこにはボロボロになった藁屑(わらくず)のような毛布が転がっていた。恐る恐るヨハンが近づくと、その茂みの中から禿頭の爺さんがのっそりと顔を出したのである。その老人は、ヨハンの顔を見るなり大きな欠伸(あくび)をした。


「ふわぁ………………。ふむ。もう、集合時間になりましたかな?」


「まだ大丈夫だけど……。グロマス教授。昨日からずっとここに?」


「いやあ、じつは入学式の後で、カール博士から祝い酒をいただきましてな」


「グロマス教授、カールに会えたんだ。あの人、入学式が終わったらぼくらに言わずにさっさと帰っちゃったからね」


「ふむ。ちょっと一杯やっているうちに(ねぐら)に帰るのが億劫(おっくう)になりまして、一晩明かしたというわけじゃよ」


 グロマスの傍らには、空になった清酒の一升瓶が横たわっていた。ちょっと一杯どころか、一人ですべて飲み干してしまったらしい。ちなみにグロマスは、無類の日本酒好きで知られている。


「でもグロマス教授。こんなところで寝ていたら、風邪ひいちゃうよ?」


「いえいえ、こう見えても(わし)ゃ丈夫でしてな…………ハ、ハクション!」


 特大のくしゃみをしたグロマスは、鼻をすすりながらヨハンに頷いた。「魔法薬毒学」に精通するこのドワーフの老魔導師は、一説には数百歳とも噂されている(本当のところは? と当人に聞いても、とうに忘れてしもうた、とはぐらかされてしまうのが常だ)。

 長い白髭に古ぼけた灰色のローブ。左手首に着けた、ルビーの光る腕輪が彼の「魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)」である。


 なお、このたびの魔法学科設立にあたり鳴城獅賀大学に、講師としてラドゥー・グリフォス学部長以下四名の熟練魔導師(マスターウィザード)の教授を推薦したのは、他ならぬカール・ローゼンクランツ博士である。とくにラドゥー教授とグロマス教授は、カール博士とは長年にわたる親友同士だそうだ。



「さて、と。これで……全員ですかな?」


「まだあの女が来ておらん。まったく、あのダークエルフときたら――――」


 と、ラドゥーが言ったそのときである。先ほどミクリムが入ってきた会議室の窓がふたたび開いた。いや開いたというより、大音響とともに突き破って入ってきたのは、当の褐色のダークエルフだった。



グワッシャーーーーン!



「な、な、な、なに?」


 あわてふためくヨハンとは対照的に、ラドゥーは平然と言った。


「遅いぞ、ヴィエル・アルティラ教授」


「は? まだ時間になってないでしょ…………」


 ラドゥーが胸元から懐中時計を取り出して見ると同時に、秒針が集合時間ピッタリを通りすぎた。ヴィエルは自分の体から埃を叩き払ってから、気だるそうに椅子に座った。


「まあよかろう。さて、これからオリエンテーションのミーティングを開始する」


 ガラス窓が完全に割れたまま、平然と会議をはじめようとするラドゥー学部長や教授たちを見て、ヨハンは唖然としつつ大声を上げた。


「いや、ちょっと待ってよ! ヴィエル教授!」


「なあに」


「窓! 直さなくていいの?」


「うーん…………。べつに、後でいいんじゃない…………」


「いや、よくないでしょ。こんなことしたら、学校に怒られるよ!」


「猫のくせに、けっこう細かいのね、ヨハン。まあ、いいけど…………」


 ヴィエルは懐からタクトを取り出すと、窓に向けてひと振りした。すると、粉々に砕けたガラスの破片が、元へと戻っていく。

 魔法によってあらゆるものを創り出す、「魔法錬成学」の教授となる彼女の腕前を、ヨハンは息を吞んで見守った。同時に、黒いローブで覆われた彼女の豊満な肢体と(かぐわ)しい香水の匂いに、自分が魅了されているような気がした。


「はい、終わり…………」


 そう言うとヴィエルは、ヨハンに向かって流し目で微笑んでみせた。ヨハンは返事をする代わりに、深くため息をついた。



「さて、気が済んだか? ヨハン教授。君も席に着きたまえ」


 ぼく、これからここでやってけんのかな……。そう思わずにはいられないヨハンであった。




続く



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