第四話 ヨハンと奇妙な新入生(三)
「やばっ! ぼくらも早く行かなきゃ!」
そう言ってヨハンは、自分専用の研究室へ向かって駆け出していった。大学では、講師を勤める教授たちのために個別の研究室が用意されているらしい。
タケルにニナ、キース、そして猫車たちも、急いでオリエンテーションの会場となっている教室へ入っていった。彼らが最後列の席に着くとほぼ同時に予鈴が鳴り響き、既定の時間にはなんとか間に合ったようだ。
「ふう、なんとかギリセーフだったわね」
「なあ、ヨハン教授は大丈夫なんやろか」
「うん。教授全員で今日の打合せだって」
「へー、いろいろ仕事があって大変だな」
そんな会話を交わしながら、教室に集まった新入生たちを見回していたタケル。すると、すこし前の席にフランスから来たジャン=クリストフ・デュランがいるのに気がついた。飛びぬけて背が高く、白い短髪に黒い肌のこの男は、遠くからでも非常に目立つ。
「デュラン!」
「ハーイ、タケル! メザミ、サヴァ?」
デュランのほうも後ろを振り向き、手を振るタケルに明るい表情で手を振った。服装は、入学式と同じ漆黒の魔導師風ローブだ。どうやら彼は、このスタイルのまま魔法学部での大学生活を送るつもりらしい。
「やっ、どーも。疾風、みんないるよ!」
「うむ」
さらに隣の席には、御影丸疾風・旋風の兄妹忍者が座っている。さすがにこちらは入学式のときのような忍び装束ではなく、ごく自然な大学生スタイルだったが。
黒魔導師を目指すフランス出身のデュランと、現役のプロ忍者である純日本人の御影丸兄妹。意外な組み合わせだが、魔法を志す仲間としてすっかり意気投合しているようだ。タケルやニナ、キースはそんな彼らの姿に強い親しみを抱いていた。
「なんや、あん人たちもジブンらの友達なん?」
「ツレ? それどういう意味? 猫車センパイ」
「知り合いかってことだろ、なあ猫車パイセン」
「入学式で知り合ったんですよ、猫車センパイ」
「ふーん、ホンマか。あとで俺も紹介してーや」
彼らからの「センパイ」呼ばわりを止めさせることを、すでに猫車英吉はあきらめていた。
しばらくすると、教壇に魔法学部事務室長の愛工一朗が姿を現した。それと同時に、ざわついていた教室内がスッと静寂を取り戻す。いつもの無表情でギョロっとした目で新入生たちを一瞥すると、愛工室長はマイクのスイッチを入れて挨拶をはじめた。
「えー、それでは定刻となりましたのでオリエンテーションをはじめ――――」
そのときである。後方の扉を大きく開けて、例の少女が教室に入ってきた。愛工室長は思わず、大きく目玉を剥いた。
「宝天寺耀子さん! あなた、また遅刻ですか?」
京宝堂の令嬢、宝天寺耀子はそんな声にすこしも臆することなく頭を下げ、昨日と同じ屈託のない笑顔を見せた。
「へえ。ほんまにすんまへんなあ、愛工はん。ちゃんと反省して、今日は時間までにちゃんと着くように京都を出たんでっせ? それなのになんでか知らんけど、今回も遅れてしまいましてん。ほんま、なんででっしゃろなあ。気圧の関係やろか」
「とにかく、早く席に着きなさい」
「へえ、おおきに」
ため息交じりの愛工室長にもういちど会釈してから、宝天寺耀子は空いている席へと足を進めた。
「あら? 昨日、入学式で会うたみなさんやおまへんか。うちもそこ入れとおくれやす」
耀子はタケルたちが座っている最後列の席にやってきて、そっと声をかけた。彼女のまとっている着物や袴は、入学式のものとは柄が異なるが、ひと目で高級品とわかる。そして、おそらく耀子はこれからの大学生活で、二度同じ着物に袖を通すことはないであろう。
「ルコはん、今日もプライベートジェットで来たの? ホント大変ね」
ニナは、隣に座った耀子に小さな声で話しかけた。きのうが初対面だったが、もうすっかり打ち解けてしまった感じだ。
「いやあ、それほどでもあらしまへん。べつに、うちが操縦してるわけやないし」
「しかし、かなりお金かかるんじゃない? いくら、天下の京宝堂とはいっても」
「なあルコはん。ぶっちゃけ、どれくらいかかんの?」
タケルやキースの問いかけに、耀子は平然と答える。
「たいしたことおまへん。一回の往復でざっと百万円くらいどすな」
「ヒャ、百万円? それが毎日?」
実際、プライベートジェットを一機、東京-京都間で飛ばすとなるとスタッフの給料や飛行機の整備・燃料代だけでなく、専用の滑走路を維持管理する費用なども別途必要となる。それらすべてを込みにして、ルコはんの鳴城獅賀大での四年間の通学費は、なんと総額二十億円と見積もられたらしい。
ちなみに、それを聞いた彼女の父親、京宝堂株式会社CEOである宝天寺京光の第一声は「安っ!」であったそうだ。
「ところで、『ヨハンはん』は一緒とちゃいますの?」
ヨハンはオリエンテーションの打ち合わせのために、今はほかの教授たちと一緒にいることを説明されたルコはんは、大きくうなずいた。
「ほーう、それで今日は代わりのネコちゃん連れてはるんやね」
「俺は猫とちゃうわ」
無精ひげをなでるルコはんの手を振り払いながら、猫車センパイはぶっきらぼうに言った。
続く




