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第四話 ヨハンと奇妙な新入生(一)

「ニナ! さあ早く、遅刻しちゃうよ!」


「はいはい……ちょっと待ってよヨハン」


 記念すべき、鳴城獅賀大学魔法学部の授業初日の朝である。

 魔導猫の教授・ヨハンは、タケルがハンドルを握る電動アシスト自転車の前カゴに陣取り、玄関先でいまだ身支度中のニナを急かしていた。服装は入学式での大仰なローブ姿ではなく、いつもの赤い首輪のみである。


「お待たせ! 行こっか」


「忘れ物はない? ニナ」


 編み上げブーツを履き終えて、ようやく玄関を飛び出してきたニナに、タケルが声をかけた。


「うん、大丈夫……だと思う」


 そう言いながら自分の自転車に跨りかけたニナだったが、ふと思い出したように大声を出した。


「あ、いけない、携帯(スマホ)!」


 どうやら、スマートフォンを忘れてきたらしい。またブーツを脱いで部屋に戻ってスマホを取ってきてふたたびブーツを履きなおしたニナに、ヨハンは呆れたようにつぶやいた。


Verges(フェアゲ)slich(スリヒ)(忘れんぼ)」


「うるさい五百円(ゴヒャクイェン)


「ねえ、なんなのそれ?」


 二人のやり取りを不思議そうに眺めながら、タケルは大学に向けて自転車を漕ぎだした。




「ヨハン、今日の予定は?」


 大学までの道のりを軽快に滑っていきながら、タケルはヨハンに本日のスケジュールについて問いかけた。


「終日オリエンテーション。おもに、新入生向けの履修登録とか大学生活に関するガイダンスかな。本格的な授業開始は、週明けからだね」


「ガイダンスは、教授たちみんなでやるんでしょ?」


「そう。とにかく魔法学部の担当講師は人員不足だからさ。どうやら教授陣(ぼくら)総出で受け持つみたい」


「ふーん、大変ね。……ねえタケル、キースくんは?」


「また、あのバイクで来ると思うよ。いちおう、校門の前で待ち合わせてるけど」




 まもなく大学の正門前、というところで三人は、一風変わった男が背中を丸めながら歩いているのに目を止めた。


 その男は、背丈は百六十センチそこそこ。やや小柄だが、そこはまあ普通だ。問題は彼のその後ろ。おびただしい野良猫が、にゃーにゃー鳴きながらついて歩いているのである。その数、優に十数匹。


「あの、すみません」


 自転車を押しながらタケルは、彼のその異様な雰囲気に、話しかけずにはいられなかった。


「ん、なんや?」


 振り向いたその男は、大きなマスクをしていた。


「魔法学部の新入生の方ですか?」

 男が鳴城獅賀大学魔法学部のロゴ入り封筒を手にしているのを確認して、タケルは尋ねた。


「せやで」……ハ、ハックション!


「どうして大学に、こんなにいっぱい猫を連れてきてるんですか?」


「んなあ、これな」ハックション!


 特大のくしゃみをしながら、男は答えた。


「べつに、俺が連れて歩いとるんとちゃうねん。いつも勝手についてきよるんや、こいつら」


「どういうこと?」


「それは俺にもようわからんねやけど――――って、アンタ、ヨハン教授(センセ)やん! よろしゅうな! 俺、猫車(ねこぐるま)英吉(えいきち)いうねん」


 ヨハンに気づいたその男はマスクを取ると、その前肢と握手しながらうれしそうに言った。無精ひげと思しき長い毛が、頬の横から数本飛び出している。顔つきからして、性格は穏やかそうな男だ。


「ネコグルマ?」


「せや。『(ねこ)』に『(くるま)』で猫車(ねこぐるま)。そのまんまやな、ハハッ」……ハックション!


「風邪ですか?」


「いや、花粉症。毎年この季節はホンマ」ハクショ、ハクショ、ハックション!


「た、大変ね……」


 ニナも心配そうに声をかける。花粉症というのは、ドイツにもあるのだろうか。




 やがて校門に着いてしまったので、彼らはキースを待つためにそのまま立ち話を続けた。自己紹介を交わした後、ニナは「野良猫に異常に好かれる男」、猫車英吉に問いかけた。


「ご出身は?」


「どこや思う?」


「いや大阪でしょ」


「お、正解。なんでわかったん?」


 そんなんドイツ人でもわかるやろ、とタケルは思った。猫車の関西弁は入学式での京都娘、宝天寺(ほうてんじ)耀子(あかるこ)にも匹敵するベタベタさ加減である。


花東京(こっち)には、浪人生の頃から下宿しとるんや。なにしろ俺、大学受験で二浪しとるさかいな」


「二浪ってことは、ぼくらの先輩ですよね」

「猫車センパイは、どうしてこの大学に?」


「センパイはいらん。……とにかくどこでもええから、今年は絶対受からなあかんかってん。でも、体調崩したせいで全滅してもうてな。最後にギリ受けられたん、鳴城獅賀大学の二次募集しかなかったんや」


「それで、魔法学部を?」


「せやね。実は『法学部』やと思てたんやけどな。うっかり間違えてもうて」


「ええっ! そんなことってある? っていうか、魔法学部って筆記試験だけじゃなくて、入学審査会の面接とかあったでしょ?」


 ヨハンはびっくりして大声を上げた。その声に同調して、タケルが続ける。


「そうそう。ぼくなんて、かなり長い時間かけていろんなこと聞かれたよ?」


「ああ、いちおうあったな。せやけど俺は面接室に入った途端、『もう結構(ええ)です』って言われたで? そんで合格。ようわからんわ」


「へー! ねえヨハン、そういう人もいるの?」


「うーん。ぼくら教授たちも、入学審査会の選定基準についてはよく知らないからなあ。猫車くんに、魔法使いの素養がものすごくあった、ってことなのかも」


「すごいですね、猫車センパイ!」


「せやから、センパイはつけんでええっちゅうねん」……ハ、ハックション!




 そんな話をしているうちに、いつものハーレーダビッドソンに跨ったキースが、ようやく到着した。


「どもども、お待たせお待たせ。――――なにこの猫、教授のお友達?」


 野良猫たちは、のんびりとした声で一斉に「にゃー」と鳴いた。




続く



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