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第三話 ヨハン、入学式に出る(八)

《――以上を持ちまして、本年度入学式を終了いたします…………えっ?》


(えっ?)

(えっ?)

(えっ?)


 入学式の終了を告げるアナウンスの、急に言い淀んだ声に、会場からざわつきが起こりはじめた。


《えー、会場のみなさま。いましばらくそのままお待ちください――――》


「ねぇなに? これ」

「さあ、どうしたんだろ」

「いったい何があったんだ?」


 ニナやタケル、キースらも次々と不安の声を口にした。すでにヨハンたち教授陣も降壇し、つつがなく終わったであろう入学式に、なにか不測の事態でもあったのだろうか。



 そのときである。入学式会場のすぐそばを、まるで巨大な物体が高速で通り抜けるような轟音が響き渡ったのだ。



…………ヒィーーーーン  ガガガガガガッ  ガガッ ガッ! ガッ!



 だれもが、尋常ではないことが起こっていると認識し、会場内は騒然となった。そう、まるですぐそばに隕石でも落下したかのような――――




「ふぅ。なんとか、間に()うたみたいやねぇ」


 その爆音から数分経ったのち、会場に一人の少女が姿を現した。(あで)やかな和服に凛とした袴を身に着けた、目を見張るようなとびきりの京美人だ。

 彼女は頭上に差していた和傘を畳むと、会場の人々に向かって優雅に(こうべ)を下げた。長い長い絹糸のような黒髪が、肩先から(ゆる)やかに流れ落ちてゆく。


「ぜんぜん間に合ってませんよ宝天寺(ほうてんじ)さん! 入学式はとっくに終わりました!」


「いややわぁ愛工(あいこう)はん。最前(さいぜん)、遅れるっちゅう連絡はしましたやないの。そないないけず、言わんとくれやす」


 めずらしく怒りを露わにしている愛工事務室長に、宝天寺と呼ばれた少女は微笑みを浮かべながら、独特の京言葉ではんなりと応えた。

 そういえば、入学式がはじまってからすでに二時間以上が経過している。いくら寛大な室長であっても、二時間遅れは許しがたいということか。



 そんな空気をよそに、しずしずと壇上へ歩みを進めていく少女。あらためて一礼すると、マイクに向かって口を開いた。


「うち、京都から入学しました宝天寺(ほうてんじ)耀子(あかるこ)、いいます。どうぞ気軽に『ルコはん』とでも呼んどくんなはれ」


 タケルたちと同じく、新入生の一人にすぎない身でありながら、堂々と遅刻した上に平然と自己紹介を述べる宝天寺耀子(ルコはん)。だが会場に居並ぶ人々は、そんな彼女の立ち振る舞いにただただ圧倒されていた。


「自家用ジェット機飛ばして来よりましたんやけど、初めての慣れない道のせいで()()()()()遅れてしまいましてん。ほんまにみなはん、お待たせして堪忍(かんにん)え……」


「じ、自家用ジェットって! もしかして直接、この大学の敷地内に着陸したってこと?」


 耀子(あかるこ)のこの言葉に、思わず大声を上げたヨハン。彼女は、声のした方を振り向いて返事をした。


「まさか、そないなわけあらしまへん。ちゃぁんと近くの土地をお借りして、専用の滑走路をこさえましたがな…………。って、もしかしてそちらはん……魔導猫の教授はんの()()()()()?」


「ヨハンはんって……。んー、まあそうですけど何か?」


 宝天寺耀子は目の色を変えてステージを駆け降りると、魔導師姿のヨハンに顔を近づけて言った。


「いやぁー! えらいうれしいわぁ! うち、ヨハンはんにお会いしとおて、京大(きょうだい)の合格を断ってこっち受けなおしましたんやもん。はぁ~、ほんっまに可愛(かい)らしい猫ちゃんやわぁ」ムギュッ


「…………んにゃっ」


 先ほどまでの(しと)やかな大和撫子(やまとなでしこ)は消え失せ、新しい玩具(おもちゃ)を買ってもらった童女のように、顔をほころばせてヨハンを抱きしめた耀子。それにしてもヨハンは、来日からこれで何回、女性からハグされたことだろうか。


「キョーダイって?」

「京都大学のことだろうね。国公立の名門だよ」

「マジ京大受かってんのに、わざわざそっち蹴って鳴城獅賀大来たのか。すげえなルコはん!」


 ニナの疑問に、タケルとキースが答えた。耀子はヨハンを抱っこしたまま言葉を続ける。


「なんせ、妖魔人(ようまびと)はんから魔法を学べる大学なんて、世界広しといえどもこの鳴城獅賀大学しかあらしまへん。家業(うち)の将来にもきっと役に立つっちゅうて、最終的にはお()はんも(こころよ)う送り出してくれはりましてなぁ」


「でもルコはん、自家用ジェットなんて大変じゃない?」


「お()はんも、東京みたいな田舎(いなか)での一人暮らしだけは許してくれはらへんかったさかいな。まあ、多少の不便はしゃあないわ」


(い、田舎(いなか)?)


 よりにもよって、世界に冠たる大都会(メガロポリス)東京(トーキョー)を指して「田舎(いなか)」とは。京都(キョート)の人って、平気でそういうこと言うんだよな。ヨハンは顔を(しか)めながらそう思った。



「ほんで愛工はん、今日の入学式はもう終わりでっしゃろか?」


「まあ、一応そうなりますが……」


「ほな、失礼して。おおきにヨハンはん、みなはん、さいなら」


 そう言い残して、宝天寺耀子はさっさと式場を後にした。そしてまたしばらくすると、先ほどの爆音とともに最新鋭のホンダジェット・エリートが、京都の宝天寺邸に向けて飛び立っていったのである。



《――以上を持ちまして、本年度入学式は終了いたしました。みなさま、順序良くご退席ください》


 こうして、波乱含みの鳴城獅賀大学魔法学部入学式は幕を下ろしたのだった。




「ってことは、ひょっとしてあのコ、これから毎日ジェット機で京都から通学するっていうの?」


 無事に入学式を終えたヨハンたち一行は、会場の近くで帰り支度がてら、立ち話をしていた。


「まあ、そういうことっすよね。いったい、一往復いくらかかるんだ?」


「滑走路だって作ってるんだもん。きっととんでもないお金持ちなのよ」


「宝天寺って、どっかで聞いたことあるような……………………あっ!」


「どうしたのタケル?」


京宝堂(きょうほうどう)だよ、ヨハン! あのゲームメーカーの! あそこの創業者一族が宝天寺って名前で、たしか現在(いま)の社長が――――」


宝天寺(ほうてんじ)京光(たかあき)。京宝堂の三代目で、彼女の実の父親ですよね」

 タケルのそばにいたデュランが補足した。フランス人ながら、日本のゲーム事情にも詳しい男である。


「キョーホードーのゲーム、めちゃめちゃおもろいデース!」

 さらにモリソンが歓声を上げた。京宝堂の名は、アメリカ人のエルフにも当然のように浸透している。


 京都市内に本社を持ち、老舗(しにせ)の玩具・電子機器製造会社として世界的な知名度の京宝堂株式会社。家庭用ゲームソフト並びにハードメーカーとしても、つねに業界トップを走る一流企業だ。

 そして、その実質的オーナーである宝天寺家は、途方もない歴史と伝統と財力と権力を持つ、京都屈指の名家として知られている。


「じゃあルコはんって、京宝堂のお嬢さまなの?」


「お嬢さまというか、世が世ならお姫さまでしょ」


「すごいなあ! ルコはん。この前出たあの最新のゲーム機、一台譲ってくれないかなあ。ぼく、まだ買えてないんだよね」


 ゲームマニアでもあるヨハンは、そう言ってため息をついた。



 そして、明日からいよいよ魔法学部の大学生活(キャンパスライフ)がはじまる。




第四話に続く



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