第三話 ヨハン、入学式に出る(七)
入学式の壇上に、五人の教授たちが姿を現した。
向かって右から魔法学部・学部長のラドゥー・グリフォス教授、グロマス・ホドヨォド教授、ミクリム・クッペリン教授、ヴィエル・アルティラ教授、そしてヨハン・K・シュレディンガー教授である。
全員がマグラドゴアの災厄によって、期せずして異世界から転移してきた妖魔人の熟練魔導師であり、誰ひとりとして人間ではない異種族ということになる。
中でも、やはり注目を浴びているのは魔導猫のヨハンだ。彼は、ふだん身に着けている赤い首輪の代わりに、黒い魔導師のローブに幅広のとんがり帽子という極めて伝統的な魔法使いの衣装を身にまとっていた。そして帽子には、猫耳の邪魔にならないような穴が開けてある。新入生として参列しているタケルは、その帽子に赤い羽根があしらわれているのに気づいた。
「ねえニナ。あの赤い羽根はなに?」
「ああ、あれは『魔法使いの赤』ね」
「マジシャンズ・レッドって、なんだ?」
続けてキースがたずねる。
「おじいちゃんが言ってたんだけど、魔法使いは伝統的に何か赤いものを身に着けるものなんだって。アルヴァルシアでは、赤は魔導師だけに許された色で、魔法を象徴する色らしいのよ」
「そう言えば、教授たちはみんな赤のスカーフとかアクセサリーを着けてるね」
「ふうん。赤は魔法の色、か」
キースは、いま自分が身にまとっている白銀のフルプレートアーマーの胸元部分に、真紅の薔薇の紋章が描かれているのを知っていた。
この甲冑は、かつて聖騎士だった父親から譲り受けたものだ。キースはその赤色を指でなぞりながら、さまざまな魔法にも秀でた歴戦の勇者であったという父親、ガデューク・ドラゴンボルトに思いを馳せていた。
なあ父ちゃん。いったい、いまどこでなにしてるんだろうな――――
「――キース? どしたの?」
「……いや、なんでもねえよ」
壇上では、魔法学部の教授たちの紹介がはじまっていた。
《――まずは、魔法呪術学をご専門とされます、ラドゥー・グリフォス教授。魔法学部の学部長も兼任されます。ラドゥー教授、一言お願いいたします》
ステージ中央に置かれたマイクの前へと進むと、ラドゥー教授は眉ひとつ動かすことなく挨拶をはじめた。
「ハイエルフの熟練魔導師、ラドゥー・グリフォスである。そして、この壇上にいる教授全員が熟練魔導師の資格を持っている」
ラドゥー教授は、この「ハイエルフ」という言葉に強くアクセントを置いて話しはじめた。異種族のため年齢は定かではないが、人間であれば五十代半ばといったところ。背は高く、威厳に満ちた紳士だ。その外見や立ち振る舞いから、魔導師としての経験と知識がにじみ出ているかのようだ。
「魔導師とは、『魔法を導く師』と書く。だが我々は、諸君らに懇切丁寧に魔法の使い方を教えたりはしない。文字通り、正しき方へただ導くだけだ。そしてその道は、果てしなく長く険しい」
熟練魔導師の魔法学部長という立場に、誇りと実力を兼ね備えたラドゥー教授の言葉は、新入生たちの心にストレートに響いていた。
「日々の修練と研鑚のみが、魔法術の高みへと辿り着く唯一の方法であることを、みな肝に銘じるように。以上。イードゥ・アルヴァルシア」
最後に「アルヴァルシアよ永遠なれ」という意味の言葉で締めくくったラドゥー・グリフォス教授。ゆっくりと周囲を見回すと、静かに元の列へと戻った。その後に、齢百五十は優に超えているであろう老ドワーフが続く。
「あー、うん。儂は魔法薬毒学が専門の爺、グロマスですじゃ。魔法というものは、使いようによっては毒にも薬にもなる。なんてな。まあ、あんまり気を張らんと、ざっくばらんと行きましょうて」
スキンヘッドに長い白髭、背丈は百四十センチほどのこの熟練魔導師は、古今東西あらゆる魔法薬と魔法毒に長けた孤高の研究者だという。無表情なラドゥー教授とは正反対に、グロマス教授は温厚そうな笑みを浮かべながら大きくうなずいた。さっきまでピンと張りつめていた空気が、ほどよく解きほぐされてゆく。
「ちなみに、『ホドヨォド』というのは儂の生まれ故郷の名でしてな。ドワーフには姓を名乗る習慣がござらんので。ほっほっほ……」
つぎに登場したのは、グロマス教授よりもさらに小さな少女、いや幼女に見える魔導師だった。とてもマイクに届かないので、持参した脚立に登ってなんとか高さを間に合わせていた。
「あの、私、ミクリム・クッペリンといいます。種族はノームです。魔法精霊学を担当します。背は低いですけど、ちゃんと成人してますのでご心配なく……」
そう言って、ミクリム教授は笑った。その大きな丸い耳は、ノーム独特のものであろう。一見幼く思えるが礼儀正しく、どこか超然としていて牧歌的な語り口が、周囲を和ませていた。
「古来より魔法は、精霊や妖精と切っても切り離せないものです。この日本には、『八百万の神々』という考え方があると聞いて、とっても興味深く感じています。至らないこともあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします!」
そしてミクリム教授と入れ替わりに現れたのは、その彼女とは対照的に気だるい雰囲気を醸し出している、神秘的で艶かしい褐色の長身豊満メガネ美女だった。
「えっと…………ヴィエル・アルティラ。見ての通り、エルフですけど…………」
「ダークエルフ」
間髪入れず注釈を入れたラドゥー教授に、ヴィエル教授は舌打ちをした。小さい音だったが、彼女の前のマイクがそれをはっきりと拾っていた。この二人のエルフ同士の関係はとにかく劣悪であるということが、会場にいる全員に正しく知れ渡った瞬間であった。
「専門は、魔法錬成学、ね。魔法を使って、いろんなものを作ったり作らなかったり…………。んー、まあ、細かいことはいずれおいおい…………」
それだけ言うと、ヴィエルはさっさとマイクを後にした。昨日の大酒はようやく抜けたようだが、気分はまだ優れないようだ。彼女は厳粛な入学式の最中とは思えないほど、呑気に大あくびをした。
《――それでは最後に、ヨハン・K・シュレディンガー教授、どうぞ》
司会のアナウンスの声に、てくてくとヨハンが歩みを進めた。マイクの置いてある机の前に来ると、ヨハンは飛び上がって机の上に立ち、大きく息をついた。新入生たちは拍手を止め、固唾を飲んで彼の言葉を待つ。
「どうも。いまご紹介いただきました、ヨハンです。ヨハン・K・シュレディンガー。ドイツのベルリンからやってきました。ぼくの専攻は魔法心理学。魔法というものが存在しなかったこの世界は、これからは魔法が当たり前の世の中へと変わっていきます。その変化と人々に与える影響について、ぼくと一緒に学んでいきましょう!」
世界初となる、魔導猫の教授。記念すべきその第一声に、会場は惜しみない拍手と歓声を送った。
「あー、それから……。ぼくが魔導猫で、名前が『シュレディンガー』ってことで、この中には『シュレディンガーの猫』っていう言葉を思い出した人も多いと思います。ほら、量子力学の命題で有名な、あれね。知ってる人、いる?」
そう言いながらヨハンは、右肢を挙げた。会場には、およそ八割方の人々が反応している姿が見受けられる。
「あれってさ、箱の中に猫を閉じ込めてさ。開けてみるまで生きてるか死んでるかわかんないよっていう、なんか聞くとずいぶんひどい実験なんだけど。まあ、実際にエルヴィン・シュレディンガー博士がそういうのやったっていうわけじゃないらしいんだけどね。……なんだろう。この人、猫に恨みでもあんのかな?」
新入生たちから、小さな笑いが巻き起こる。壇上の「シュレディンガーの猫」、いや「魔導猫のシュレディンガー」はさらに話を続けた。
「ぼくはべつに理系の専門家じゃないし、量子力学にもぜんぜんくわしくないんだけどさ。でもせっかくなのでぼく、ヨハン流に解釈した言葉でひとつだけ……」
ヨハンは一回コホンと咳払いをしてから、新入生に贈る言葉を述べた。
「これから魔法学部に入学するみなさんの前には、魔法という誰も見たことがない大きな箱があります。その箱の中に何が入ってるのか、それを確かめることができるのはたった一人。そう、自分だけ」
「どうかみなさん、一人ひとりが、箱を開ける勇気を持ってください! そのための準備と努力を決して怠らないでください! ぼくら魔法学部の教授たちは、そんなキミたちの大学生活を、全力でサポートしていきます!
……せえの、イードゥ・アルヴァルシア!」
「イードゥ・アルヴァルシア!」
魔導猫の教授・ヨハンの掛け声に、魔法学部の新入生たちは元気よく返した。
続く




