第二話 ヨハン、大学に行く(六)
「それで? モリソンは特別研究留学生っていってたけど……」
学生食堂での会話は続いていた。ヨハンの問いかけに、モリソンが答える。
「ハイ! 日本の大学に世界初の『魔法学部』ができるというコトで、ニューヨークからやて来まシタ。専門は『魔獣召喚』と『魔獣調教』デス」
「へえ~、『魔獣召喚』に『魔獣調教』! 聞いたことはあるけど、アメリカではそんな研究も進んでるのか!」
「そうデスね。『マグラドゴアの災厄』によって、妖魔人ダケでなく『妖魔生物』と呼ばれる特性生物も、アルヴァルシアからいぱいいぱいやて来てマス。ワタシも両親の影響で、ずっとフェアニマルの研究続けてるデス」
どうやらモリソンの両親も、ニューヨークでは高名な魔獣学の研究者ということらしい。見た目だけでなく、そのあまりにも特徴的な生態や地球環境に与える影響など、妖魔生物には研究すべき点は尽きないようである。
「モリソンは、動物が大好きなのね」
「イエース! 妖魔生物も妖魔人も魔獣も、フシギな生き物はみーんなだいだいだいすきデース!」
ニナの言葉に、モリソンは諸手を挙げた。先ほど述べたヨハンへの憧れが、教授としてなのか生き物としてなのか、それははっきりとはわからない。
「じゃあ、そのポタルンたちも一緒に?」
「そのとおりデース! この鳴城獅賀大には、フェアニマルを研究飼育デキる施設もあるというコトなので、大学の許可を得て連れてきちゃいまシタ」
そう言いながらモリソンは、さっきまで背負っていた大きなリュックを開いて見せた。すると中から、数匹のポタルンがいっせいに顔を出す。
「ミィ? ……ミィミィ! ミィ!」
「わあ、かわいい! こんなにいっぱいいたの?」
そう言いながら、ポタルンの長い耳をやさしく撫でるニナ。そのモフモフとした感触に、なんとも言えず心が和む。
「ハイ。ぜんぶで六ピキ。みんな、おとなしくていい子デス」
「ま、大学内で飼えるんなら安心だよな」
「それで、そっちのペットキャリーは?」
タケルは、モリソンの足元に置かれている手持ちのペットキャリーを指さして言った。それは金属製で、かなり頑丈そうな檻がついている。
「OH、コッチはちょぴりキケンな子がいるので、YOチューイなのデス」
テーブルから飛び降り、ペットキャリーの中をのぞき込んだヨハンは、怪訝な顔つきになった。
「……いないけど?」
「………………ハ?」
南京錠が開いたまま、キィキィ軋んだ音を立てている檻を確認すると、モリソンは両手で頬を抑えて絶叫した。
「オーマイガッド!」
ガシャガシャガッシャーン!
「キャアァーーーーッ!」
そのとき食堂の調理場のほうから、大きな物音とおばちゃんたちの悲鳴が聞こえた。すかさず立ち上がったモリソンと、その後に続くヨハンたち。
「なあ、あの檻の中には何がいたんだ?」
「モリソン、危険なフェアニマルなの?」
キースとタケルの問いかけに、モリソンがあわてて答えた。
「NO! 妖魔生物というよりもムシロ……」
「ひょっとして魔獣? 大変じゃない!」
調理場の中は食材や器具が散乱し、おばちゃんたちは驚愕の表情を浮かべている。ニナが彼女たちを安全な場所に避難させると、モリソンは調理場の一角を指さして叫んだ。
「……いまシタ! あそこデース!」
そこにはポタルンと同じくらいの大きさの生物が、あんぐりと口を開けて大玉のキャベツにかじりついている。慎重に距離を取りながら、ヨハンはその生物を確認した。
「あれは、まさか……『ツノデビル』?」
「キィィィィーッ」
ツノデビルは、その名の通り頭頂部に一本の巨大な角を生やした、狡猾なモンスターである。大きな単眼をギョロギョロっとさせながら、注意深く周りを見回している。手足はポタルンほどの長さしかないが、なんともすばしっこそうだ。
「ヨハン教授、ツノデビルをご存じなのデスか?」
「ううん、ぼくもホンモノを見るのは初めて。……やっかいだな。たしかアイツ、魔法が使えたよね?」
「そうデス。小さくても、かなり知能は高いデスね。それから、あの大きな角には【麻痺】の効果があるのでYOチューイデス!」
「どうする? ヨハン」
「タケルはすぐに、魔法学部の事務室に連絡して。キース、なんとかツノデビルの注意を引けないかな?」
「わかったよ」
「まかせろ!」
「モリソン、ぼくが捕縛魔法でアイツを動けなくするから、さっきのペットキャリーを持ってきて、檻の中に閉じ込める用意してくれる?」
「ガッテン承知の助デス!」
モリソンは敬礼しながら、珍妙な返事をした。
あらかたキャベツを食べつくしたツノデビルは、まだ物足りないのか冷蔵庫を開けて食料を物色しはじめた。すでに周囲には、多くの野菜や肉が食い散らかされている。あの小さな体の、いったいどこに収まっているのだろうか。
「……ほらほら、こっちだツノ野郎!」
手にしたフライパンをガンガンと叩きながら、キースはツノデビルのほうに近づいていった。フライパンの中からは、調理途中のチャーハンがいい香りを漂わせている。
「キィッ?」
冷蔵庫から顔を出し、キースのほうへ単眼を向けたそのとき、呪文を唱えていたヨハンがタイミングを見計らって叫んだ。
「水晶捕縛魔法!」
その瞬間、ツノデビルは透明な水晶の柱の中に閉じ込められた。対象物の動きを一瞬で止め、捕縛することができるという高度な魔法だ。
「よし、やった!」
「――――いや、まだ甘い」
「えっ?」
ヨハンの背後から、何者かの発する声が聞こえた。それはなんとも重低音の、まるで地獄の底から響いてくるような男性の声だった。
「へっ、手間かけさせやがって」
フライパンを置き、水晶の柱に閉じ込められたツノデビルに手を伸ばすキース。だがヨハンは、ツノデビルが完全に動きを止めていないことに気づいていた。
「キース、危ない!」
「あ?」
ツノデビルの角が光って、みるみるうちに水晶にヒビが入る。割れた柱の中から飛び出したツノデビルは、キースの手に向かって角の先端を突き立てた。
「キィッ!」
「キース!」
続く




