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第二話 ヨハン、大学に行く(五)

「キャアアアアッ!」


 ニナは、学生食堂のテーブル下における予想外の邂逅(エンカウント)に、驚きの声を上げた。


「ど、どうしたの? ニナ!」

「なんだ? 何かいたのか?」


 ニナの叫び声を聞いて、タケルとキースが足下を覗き込んだ。そこにいたのは、ヨハンと同じくらいのサイズの奇妙な小動物だった。


「なにかしらこれ……。ネズミ? ウサギ?」


 すこし落ち着いてきたニナは、テーブルの下にしゃがんだまま、その動物をじっくりと観察した。もふもふとした体毛の色は薄いピンクで、大きくて長い垂れ耳(ロップイヤー)が特徴的である。

 拾ったイチゴを食べ終わると、その動物はくりっとした黒くつぶらな瞳で、興味深そうにニナのほうを見つめてきた。


「ほら、おいで」

「ミィーー?」


 テーブルにもうひとつ残っていたイチゴを手のひらに乗せて、ニナはその動物の前におそるおそる差し出した。



はくっ


「食べた! うわーなにこれ、かっわいい!」


 その愛くるしい仕草に、警戒心を解いたニナはすっかり夢中になった。


「ようし、いい子だ……」

「キース、気をつけなよ」


 その動物がイチゴに夢中になっているうちに、背後からキースがそろそろと忍び寄っていく。


バッ!


「よっしゃ、捕まえた!」

「やった!」

「ミィ」


 すばやくキースが抱き上げたが、その動物はとくに暴れるでもなく目をぱちくりさせている。落ち着きを取り戻した彼らは、あらためて各自の席についた。


「なんなんだコイツ。こんなの、見たことねえぞ?」


「うーん、耳はウサギっぽいけどね……でも、これ」


 その耳を優しく撫でながら、タケルは小学生の時に飼育していた白ウサギを思い出していた。だが、その時世話していたのと大きく異なるのが、体長と同じくらい長くて太い尻尾が生えていることだった。



「ああ、これ『ポタルン』だね。一度、魔獣調教学の研究室で見たことあるよ」


 この騒ぎにあわてることなく、平然とカツ丼を平らげたヨハンが、紙ナプキンで口元をぬぐいながら言った。


「ポタルン?」


「アルヴァルシア産の妖魔生物。『フェアニマル』さ、ニナ。別名ホタルウサギ。ほら、尻尾の先が光ってるでしょ?」


 ポタルンは、その長くて太い尻尾をパタパタと振った。すると、その先っぽが蛍のようにボワッと優しい光を放つ。どこか温かみのあるその燈火は、不思議と見る者を落ち着いた気分にさせた。


「ホントだ!」


「おお、すげえ!」


「さっき、テーブルの下で光ってたのはこの尻尾だったのね」


 突然現れた未知の小動物に、興味津々の三人。人懐っこいポタルンは、テーブルの上でニナの指にじゃれついていた。


「でもヨハン、妖魔生物(フェアニマル)って……。なんでこんなとこにいるんだろう?」


「うーん、それはたぶん――――」



「オウ、ポタルン3号(サンゴー)! こんなトコロにいたんデスカ?」


 その時である。息を切らしながら、ひとりの少女が緑色の髪をなびかせてヨハンたちのテーブルに駆け寄ってきた。

 巨大な荷物を背負い、外国人特有の片言イントネーションで話す彼女。だが、何よりも目を引いたのがその尖った長い耳であった。同じ耳を持つキースは、思わず大きな声を上げた。


「ってか、エルフじゃん!」


「ハイ?」


 その少女はポタルン3号と同じように、碧く大きな瞳をぱちくりさせた。




「アウ、すみまセン。このコは、ワタシが実家から連れてきたポタルンなんですケド、ちょっと目を離したスキに逃げられてしまッテ」


 そう言うと少女は、ペコリと頭を下げた。そして、おとなしく彼女の腕に収まるポタルン3号。


「だめダヨー? 勝手にどっかに行っテハ。みなさん、ご迷惑をおかけしまシタ」


 3号ということは、彼女はほかにもポタルンを飼っているのだろうか。そう思いながら、タケルは肝心なことを彼女に尋ねた。


「それで、あなたはどちらさま?」


「ハイ! ワタシこのタビ、鳴城獅賀大学魔法学部に特別研究留学生としてお世話になるコトになりまシタ―――」


 そう言いながら、彼女の目がヨハンでピタッと止まった。すると、見る見るうちに頬が紅潮し、瞳孔が開いていくのがわかる。


「はい?」


「―――アナタ、もしかシテ、ヨハン・シュレディンガー教授デスカ?」


「そうだけど?」


「ワーオ! お会いしたかったデース!」


 少女はヨハンの体を抱き上げると、そのまま激しいハグとキスの嵐を浴びせてきたのだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!」




「すみまセン。ちょぴり取り乱してしまいまシタ。あこがれのヨハン教授にお会いシテ、舞い上がってしまいまシテ」


 ようやく落ち着きを取り戻したその少女は、申し訳なさそうに席に座った。あまり化粧っ気はないが、さすがにエルフ。ご多分に漏れず、かなりの美形である。


「まあ、いいけど」


「申し遅れまシタ。ワタシ、『メアリー・シェリー・エルダーソン』といいマス。アメリカ人のエルフでございマス。どぞヨロシク」


「アメリカ人のエルフ? どゆこと?」


「ハイ。両親が、アルヴァルシアからアメリカに転移してきたハイエルフでシテ、二人はそのまま帰化して米国籍になりまシタ。ワタシは、その後でニューヨークで生まれた妖魔人(フェアリアン)の二世ということなんデス」


「へー! 俺も、父ちゃんがあっちから転移してきたハイエルフなんだぜ」


「そうなんデスネ! 同族に会えてうれしいデス!」


「俺の名前はキース。よろしく! えっと、メアリー……なんだっけ」


「メアリー・シェリー・エルダーソン、デス」


(なげ)ぇな」


 自分も「キース・天ヶ宮・ドラゴンボルト」なんて長い名前じゃん、とタケルは思った。


「あー、故郷のアメリカでは、モリー・エルダーソンとも呼ばれてマス」


「じゃあ、もう『モリソン』でいんじゃね?」


「いいデスネ! それでお願いしマス!」


 メアリー・シェリー・エルダーソン改めモリソンは、そう言いながら満足げに、にっこりと笑った。




続く



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