第3話 吸血の時間
「やはり……人類種の血は上手いな」
煙に包まれた部屋でペレイカが人間を『吸血』していた。服装や態度は『センソウヤ』との商談の時と違って緩やかだ。足を組み、軍服を脱ぎ捨て、楽な恰好で吸血種特有の趣向を楽しむ。
僅かに広い部屋に甘い匂いが漂っていた。薄っすらと白い煙が部屋を包み込み、指先が辛うじて見える程度の視界しか確保されていない。部屋を漂う甘い香りはこの煙によるもの。
この煙は強い酩酊と催淫効果に加え、多幸感を引き起こす。
耐性のある吸血種には少量の効き目しかない。しかし吸血種の『吸血』のために連れてこられた人類種はどうか。
煙の効能によって目の焦点は合わず、涎を垂らし、身に余る多幸感に押しつぶされ、脳が壊れていく。
「ただ、一口で従順になってしまう弱さは、本当にどうしようもない」
座席部分に厚いクッションが内蔵された椅子に座っていたペレイカが、先ほどまで『吸血』していた人間を捨てる。体内の血液のほとんどを吸われた人間の体は枯れていて、ほぼ死にかけだった。
しかし煙のせいか、あるいはそのおかげで表情は幸せそのもの、多幸感に満ち溢れていた。
「いかんな、やりすぎてしまう」
死にかけの人間を見て、口元について血液を拭いながらペレイカが自省する。
『センソウヤ』との商談で高ぶった気持ちをなだめるようにいつもよりも強く吸血を行ってしまう。人間とて安くはないのだ。繁殖も難しい。使い捨ての品にするには勿体ない生物。
ペレイカは宰相という高位の役職についているおかげで、人間の血を贅沢に据えるが下々の民はそうではない。人間の血は高級品だ。できれば使い捨てず、うまく数を調節しながら増やして血液タンクにしたいものだ。
別に難しいことではない。
吸血種は対象を『吸血』する際に、同時に自らの体液も相手に流し込む。吸血種の血液は瞬時に対象の体内を巡り、自由意思を奪う。矮小な身体しか持てぬ人類種であればすぐに自由意思を奪える。
その後は命令でもして衛生面に気を付けながら適当に繁殖でもさせておけばいい。そうすれば血液タンクとしても活用できるだろう。ただ人間の繁殖というのは年月がかかる。それでいて二人の番を作ったとして生まれて来るのは一人。運が良くて二人程度。
それでは供給が間に合わない。
時間をかければこれからも増えていくだろうが、ペレイカのように謝って殺してしまうケースもある。難しいものだ。生まれ持ったこの『吸血』は便利だが、そう良いところだけでもないということ。
興奮したら吸血衝動が強く出てしまうし、自由意思を奪う力のせいで他種族から警戒される。
獣人種や龍精種のような強靭な身体を持つ種族には血液の回りが遅い上に効果も薄く、『吸血』が意味を為さない場合が多い。大量に送り込めば支配できるだろうが、獣人種や龍精種を捕えるのは難しく、また自由意思を奪うためには膨大な労力を必要とするため、『吸血』に移る前に殺してしまった方が早い。
それとは別に機構種だったり精霊種だったりの機械だったり肉体を持たなかったりする種族に『吸血』は意味を為さない。
逆に森精種や地精種には『吸血』さえできれば有効的だ。自由意思を奪い、情報を吐かせることも難しくない。
ただ、依然として吸血種の『吸血』が有効に働く場面は少なく、大陸を支配する12の種族の中では最弱の部類に入っていることは疑いようのない事実。だからこそ、回転式拳銃を持つあの男が寄って来たのだろう。加えて獣人種と戦争中であることを踏まえ、回転式拳銃が売れることについては男にとって既定路線だったのかもしれない。
「気に入らないな」
ここまでが男の思惑通りというのならば、手のひらの上で転がされているようで気分はよくない。男の種族がある程度特定できる以上、一か八か『吸血』してみてもよいかもしれない。もし成功すれば男が持つであろう情報をすべて吐かせることができる。
「ふふ」
それとは別に、ペレイカの個人的な趣向を満たすこともできる。
「おい。もう切れたぞ」
すでに死んだ人類種の死体を蹴って片付け係を呼ぶと同時に、次の餌を寄越すよう伝える。厳密にはまだ死んだわけでも、完全に血が枯れてしまったわけではない。ただ、死ぬ寸前の血液や絞り出した血液はまずい。だからペレイカはある程度吸ったら捨てて、次に取り換える。
「まったく、次会った時はどうしてくれようか」
『センソウヤ』のことを思い出したペレイカが高ぶった感情を抑えるように、人間に噛みついた。