第7話 NOW GOD
「ウテ」
ハクの前に差し出される和弓と軍手手袋(滑り止め付き)
「あ、ああ」
珍しくハクが見せる戸惑い。
見て戸惑い、触れて戸惑い。
まさに、物が違う。次元が異なる弓。
未知への恐れ。
この時、初めて目の前の男を畏怖した。
恐れを振り払うかのように深く呼吸する。
構え、狼人族特有の靭やかでありながら剛筋が弓を引き絞る。息をフッと浅く吐くと共に右手を弦から離す。
風を切る音が聴こえる。
木々の間を縫い矢が飛翔する。
一瞬の間を置き音がした。
静寂の間
数瞬後
「見事也」
言葉の意味をハクは識らない。しかし、あの男が自分を認めてくれたのだと判った。
ひどく ひどく うれしい
矢は二百歩程先の木の幹に刺さる。
その場の誰もが弓の素晴らしさに打ち震えた。
まさに 神の領域。
何故こうなった byハク
「カラダ アラエ」
稀人の、この一言からだった。
“ブウウウウウウウウ”
背中を暖かな風が吹き白い毛を乾かす。ハクの眼前ではセンがバスタオルで黒毛をゴシゴシと拭いていた。ミミとミウ二人掛かりにて手が届かない背中をドライヤーで乾かす。
灰と脂で作られた簡易石鹸で身体を洗う初めての体験。
温かい湯に浸かる、初めての経験。
バスタオル、その吸水性に啞然とする、綿布、初めて見た。
初めて座る畳。マク、タン、ホウは炬燵に足を入れて意識が融ける様に微睡む。
「こちら、お飲みください。」
年若い鬼女、アイが盆に乗せた様々な器、湯呑み、マグカップ、ティーカップを炬燵に並べていく。
淹れられた野草茶と共も置かれる三つの調味料容器。
「こちらからシナモン、ニッキ、メープルシロップです。入れて味と香りの変化を楽しんでください。」
少女に促されスプーンの使い方を教授されホウは
茶色い粉末を茶に混ぜる。
一口、口を着け次の瞬間にはホウの灰毛が逆立った。
「ホウぅぅ!?」
友の異常にタンが慌てた声を挙げるが。
「やばい」
ホウは一言告げ次には野草茶を飲み干す。
「やばい?やばいのか?」
尋ねるマクにホウはほっと一息吐きニッキとメープルシロップの入っていた調味料容器とアイを何度もチラ見した。
おかわり用意しますのアイ言葉にホウは髭をだらりと下げニヤついた。
「やばい 爽やかで、スッと僅かに辛く、ほんのり甘い。」
友の言葉にマクはニッキをタンはメープルシロップを野草茶に入れ、一口。
共に毛を逆立て、暫し硬直した。
「「やばい」」
三ヶ月の成果。
自称グルメな狼男タンは目眩を覚えた。そして口端からツーッとよだれが垂れる。
「サイコウかよ!?」
優れた嗅覚が伝え脳が警鐘をならす。こいつは確実に う・ま・い はず。
「デキタ メシ」
男の手料理。焼き魚と団栗クッキー。
三枚下ろしにした青魚、一切れに一枚紫蘇を巻き表面には葛粉でん粉をまぶす。
苦労して狩った兎、デカい鼠の骨を煮て得た脂少量にて揚げ焼きする。
焼成時、熱い脂に香草を絡ませ香りを移す。
味付けはシンプルに塩、選択肢が塩しか無い為。
動物性旨味と植物性旨味の相乗効果。
一品目 ムニエル。
ホウは手掴みにて二口で平らげた。焼きたて熱々すぎ。
二品目 団栗クッキー
細かく砕いた団栗、繋ぎに葛粉。個別、シナモン、ニッキ、メープルシロップを練り込み味変する。
クッキー1枚一口。甘い!
付け合せ 野草葉の塩漬け
乳酸菌発酵、健康食品。
ホウ、口に入れ首を傾げる。まあ食える程度。
体に良いとニケから説明を受け、とりあえず完食した。
自身への割り当て分を食べ切り、皆の料理を物欲しそうにチラ見する。
おかわりが出ることは無かった。
味わい食さなかった事を激しく後悔する。
おかわりをもらえない腹いせに野草茶にたっぷりメープルシロップを入れて稀人に嫌な顔をされる。
ぎゅうぎゅう詰めの炬燵、膝にミミを乗せ足を入れる暖をとる稀人、食後の茶に一息つき。
「ユミ ツクル オシエル。」
告げて後、炬燵テーブル上の香辛料、甘味料、葛粉を順に指差し。
「コレ オシエル」
男の言葉を真剣に聴くハクとセン。
マク、タン、ホウは鼻の穴を膨らます。
「オマエラ イエ クル オシエル サカナ イッコ クレ」
自称神が出した条件は通いで授業料一日、魚一匹。
仲間を見回すハク。
マク、タン、ホウは期待のこもる視線を向け、センは頷き返す。
ハクは、んん、と喉をならし。
「よろしく、頼む。」
稀人と狼人族との交流が本格化する。
帰路へとつく狼人の若者五人。
石槍を杖代わりにし歩くハク。何処か心此処にあらずの彼にセンは声を掛ける。
「なかなかに刺激的だったな。」
「ああ」
「あー美味かった〜」
「そこかい」
「俺、大エクスカリパー造りたい!」
皆が口々に感想を告げるがハクだけは口が重い。
「嫌なのか?それとも、まだまだ安心は出来ないか?まあ、俺も同じきも」
「そうじゃない。」
不安を口にするセンの言葉をハクが遮る。
「言ってみろ。」
促すセン、沈黙し待つマク、タン、ホウ。
「ン。なんつーか。俺達って物識らずだな?って。」
「えぇ〜」
「んーそうかも。」
「だね。流石神様?」
否定したいホウ、肯定するマクとタン。
「あー神様かもな〜。」
「まだまだ美味しい物ある?」
「多分、多分だよ?時間がかかる。すぐにできないんだと思うよ。」
終始、茶と食事に注意が削がれたホウ。
室内、ペットボトル植木鉢の再生栽培を気にしていたマク。
炬燵の中を視たり、マグカップを箸を皿を室内の物を観察していたタン。
センは皆の言葉と態度にククと一笑し。ハクの続く言葉を待つ。
「だから、真面目に、必死に学んでみようと思う。あいつの、いや、エビス様?にお願いして。」
「そっか、そうだな。帰ったら村長と親父達と話しをした方がいいな。」
中天前の太陽。午前時、五人の若者が大きな青魚1尾と共に頭を下げる。
「「「「「エビス様、よろしくお願いします。」」」」」
「ええあ?おう?よろしく?」
ちっさいけど、それ鮪やん? ( °ω° ;)