７１，不安
「今頃晴信の奴、告白受けてるんだろうなぁ……」
「……」
「あ……すまん」
小野田の呟きが、刹那の機嫌をさらに悪くする。
晴信が屋上に行ってから、刹那はずっとこの調子だった。
まったく、小野田は自殺王って称号の他にも、ＫＹ王なんて称号も与える必要があるか？
「お姉ちゃん……大丈夫ですか？」
「……優菜。心配しなくても大丈夫。私は平気だから」
「け、けど……」
「それ以上の詮索はよせ、優菜」
俺は優菜にやんわりとそう忠告をする。
やがてその意図をくみ取った優菜は、それ以上刹那に対して何かを言うことはなかった。
「と、とにかく！ みんな部活をやろうよ！！ さ、早く闘技場に出て！！」
「そうですわね……アイミーンさん、前の戦いの再戦をさせてくれませんこと？」
「再戦、ですか？ ……いいですよ。受けて立ちます」
「私達も行きましょう、優菜さん」
「は、はい……」
千世はアイミーに再戦を申し込み、春香は今だ納得のいかない表情を浮かべる優菜を連れて闘技場へと出て行く。
啓介は小野田にサンドバック役を要求し、暴れる小野田をそのまま引きずって行った。
織は葵と一緒に出て行き、さて俺も出て行こうかと思ったその時だった。
「……瞬一先輩」
「……ん？」
刹那に、呼び止められた。
俺は刹那に対して背を向けていた身体を正面に戻す。
……そこには、心底心配している様子の刹那の姿があった。
「どうした、刹那。そんなに心配か？」
「……ええ」
「何だよ。いつもなら『そんなことあるわけないでしょ！』とか言って魔術の一発や二発は飛ばしてくるのによ……そんな元気がなくなるまでに落ち込んでるのか？」
「……」
茶化したつもりだが、今の刹那に対してその茶化しはいらないようだ。
そこまで、刹那は落ち込んでいる。
……原因はもちろん、晴信にあった。
「私って……」
「うん？」
「晴信先輩にとって、私って一体……どんな存在なのかしら？」
……今まで聞いたこともないような、刹那の悲しそうな声。
……こんなにまでなるほど、刹那は晴信のことを、本気で……。
「晴信先輩にラヴレターを渡した女の子が、もし私なんかよりも可愛かったとしたら……晴信先輩はきっとその子の申し入れを受けてしまう。そうしたら私……私……！！」
……その時、俺はこれが普通じゃない状況だということを悟った。
刹那が……よほどのことじゃないと涙を流さなかった刹那が、涙を、流したのだ。
「……刹那」
「私、不安だったの！ ずっとずっと不安だったの！！ 晴信先輩のことを考えると胸が痛くなって、晴信先輩のことを考えると何も手がつかなくなって！！ この正体が何なのかずっと分からなくて……いらいらして、ドキドキして……そしてやっとその気持ちの正体に気づけたのが、今回のラヴレター騒動だった！！ けどそれじゃあもう遅いわよ……ラヴレターを受け取った晴信先輩は、きっとその子のことを受け入れちゃう。私なんか可愛くないから、その子のことをきっと、きっと受け入れちゃう……だから……私……！！」
「……落ち着け、刹那」
ポン、と俺は右手を刹那の肩の上に乗せる。
そして、刹那を一旦黙らせてから、こう言った。
「晴信は、そんなにも軽い男じゃない。例えその子が晴信のことを好きだと言っても、アイツは他人のことを一番に考えるタイプだ。普段は軽そうに見えるアイツだけど、本当は一番周りに気をつかうタイプなんだ。だからお前が昨日あんなにも悲しそうな表情を見せた時から……多分アイツは一人で悩んでたんだと思う」
「……え？」
「この告白を受け入れるべきか、そうでないのか……アイツは一人で悩んでたんだ。今朝俺に、『お前ならどうする？』なんて問いをしてきた。つまりアイツは手紙の返事を返すのは決心したけど、どう答えを出せばいいのか、その直前まで分からなかったんだ。そして多分アイツは……屋上に行くまで、もしくは屋上に行ってから、答えを見つけた。後はアイツがどういう答えを出したのかを待つしかない。けど忘れるな。アイツは人のことを第一に考える男だ。だからこの場合も、相手の心のことを考えて……」
多分、この告白を断るだろう。
そう言葉を繋げようとした……その時だった。
「お前……ちょっとこの中に入って話しをしてみろ！！」
「へ？ ……キャッ！！」
バン！
突然晴信の怒声と聞き覚えのまったくない女子の悲鳴が聞こえてくる。
……そして二人は、この部室の中に入ってきた。
……って、晴信だって？
