59,一方的な取引
そして俺が連れてかれた教室には、今回の調査に関わっていた奴ら全員がそこにいた。
いや、正確には関わっていないはずの人間も二人いた。
一人は、奴らに捕まって縄で椅子に縛り付けられている優奈。
もう一人は、そんな優奈を心配そうな表情で見つめつつ、リーダー格の男に向かって怒りの表情を見せている、刹那だった。
「お前……こんなことをしてただで済むと思ってるの!?」
「はっ! 後輩の分際でよくもまぁそんな口が叩けるな……お前らの部活ではそういった矯正もしていないのか?」
「うるさいわね! そんなの今はどうでもいいでしょ!!」
刹那……優奈のことを大切に想っているからか、あんなにも必死に訴えて。
こんなことが学園側にばれたら、コイツらは確実に退学だと言うのに……どうしてコイツらは、そこまでして通り魔事件なんて引き起こしていたというのだろうか。
「さて、交渉の時間だ」
つかつかと、椅子に座って刹那と対峙していたリーダー格の男が、こっちまで歩いてきて、俺の目の前で止まった。
「この男も来たことだし、貴様らに交渉を申し込みたいと思う」
「……何とでも言え。ただし、優奈は解放してもらうぞ」
「そうだな。この娘は取引の材料として使わせてもらおう。ただし、こちらの取引に応じないようだと……この娘の命を、もらう」
「ひっ!」
縛られている優奈の首筋に、ナイフが突きつけられる。
そして、ほのかに首筋から血が……!!
「テメェ!! 優奈から離れやがれ!!」
「お、落ち着いて瞬一君!!」
「そうだよ! 今暴れたって何も始まらない!! むしろ状況が悪くなるだけだ!!」
……男に殴りかかろうとした俺を、織と大和の二人が必死に止める。
……おかげで俺は暴れることなく落ち着くことが出来た。
「……それで、取引って何? 部長として、細川葵が聞いてあげるよ」
「ほう。お前が魔術格闘部の部長か……なら、世の中の渡り歩き方とか、知ってるよな?」
「もちろん。で、取引というのは?」
敵意をむき出しに、しかし対応の仕方は実に誠実に、葵は男に向かってそう尋ねる。
互いのリーダーがぶつかり合う……まさに、静かなる戦い。
この場に緊張が流れる。
やがて、相手の男は口を開いてこう言ったのだった。
「……この娘の命を助ける代わりに、この事件から手を引け。無駄な動きをされると、こちら側にも影響が出るんだよ。これ以上、俺達の計画を邪魔するな」
……一方的な取引だ。
けれど、この条件を呑まないと……優奈は殺される。
まさに、葵にはその条件を呑むということしか出来ないじゃないか!!
「……いいよ。それで優奈ちゃんが解放されるのなら、金輪際私達はこの事件に関わらないことにする。だけど、もしもそっちから私達に関わることがあったら……こっちも反撃するよ? そこまでは今回の取引には含まれていないし、正当防衛はこの国でも認められている権利だしね」
「ふむ……理屈を並べるか。まぁいいだろう。おい、その娘の縄をほどけ」
男は近くにいた奴にそう命令する。
すると、男達が優奈の周りに集まってきて、縛っていた縄をほどく。
だが……何を思ったのか、そのまま別室へと運んで行った。
「なっ……! 約束が違うじゃない!!」
当然、葵はキレる。
すると、男はこう言ったのだった。
「俺は『命を助ける』と言っただけだ。別に『お前らの元へ返す』なんて一言も言ってないだろ?」
「テメェ……許すわけにはいかねぇ!!」
「瞬一、俺も加勢するぞ!!」
俺と晴信の怒りが、頂点に達した。
俺は右手に雷の塊を、晴信は左手に炎の塊を造り、そして……!!
「そこまでにしておけ。お前達が今ここで俺に攻撃したら、約束が反故になって、あの娘を殺さなくてはならなくなるぞ?」
「「!!」」
それを言われてしまっては、俺達は動きを止めるしかなかった。
俺と晴信は、それぞれ手に造りだしていたものを消し、後ろに下がる。
だが、
「ぐはっ!」
ダン!!
俺は突然首元を引っ張られて、そのまま床に頭から激突した。
くそっ……頭が痛い。
「何すんだよ……!?」
「調子に乗るんじゃねぇぞ、三矢谷瞬一。さっき連れてった娘の命も、今この場にいる奴ら全員の命も、俺達が握っていることを忘れるんじゃねえぞ」
「……くそっ!」
俺はただ、堅い木の床の上で寝転がる以外に、することなんて何もなかった。