52,幸せ
真理亜と別れて、しばらく僕達は街の中を、ゆったりと歩いていた。
その間に特に知り合いに会うこともなく、僕と由良は二人で世間話をしながら、ただひたすらあてもなく歩いていた。
けれど、何だか優しい時間が流れているような気がして、僕は少しほくそ笑んでしまっていた。
「どうしたんですか?」
すると、横からこんな声が聞こえてきた。
間違いなく、それは由良のものであった。
「うん。何だかこうして二人で歩いているのが、嬉しくてね……心の中では、こうしてゆっくり歩いていたかったのかもしれない」
すべてが終わったことを意味する、この平和なひと時。
そんな平和がいつか壊れて、新たなる事件が舞い込んでくることも否定は出来ないけど。
その時には、また僕達が解決すればいいだけの話。
僕達には……それだけの力と団結力を、僕達は持っているはずだから。
「……ふぅ」
「どうしたの? 疲れた?」
「……ええ、少し」
その時、由良が一つ、短い溜め息を漏らす。
……流石にいつまでも歩いてばかりだと、体力の方がもたなくなってきたのだろうか?
まぁ確かに、そろそろ休んでもいいころなのだろう。
だから僕は、由良にこう提案してみた。
「あそこの公園で少し休まないかい?」
「い、いえ。そこまでは……」
「……いや、僕かちょっと疲れてきたからね。だからあそこの公園で休まないかい?」
偶然近くに公園があったから、僕はそこの公園で休まないかと提案してみた。
しかし、由良はそれでも散歩を続けようとする。
……気持ちは分からなくもない。
せっかく手に入れた穏やかな時間、ささやかなる幸せを感じていたいと思うのは、間違いなんかではない。
しかし、時には休んでも構わないと思う。
それが……人生なのだから。
「焦ることはないんだよ……由良。君はもう、幸せになれたんだから」
「……」
そう言ってみると、由良は黙って僕についてくる。
……何だかよく分からないけど、その表情は穏やかなようにも見えた。
「……ふぅ」
公園の中央付近に置かれていたベンチに座り、小さな溜め息をついてしまう。
……口ではあんなことを言ってみたけど、幸せに固執してしまってるのは僕も同じことなのかもしれないな。
情けない……誰かに言う前に自分でそれを実行することが出来ないとは。
「……ちょっとここで待っててね。飲み物買ってくるから」
「あ、はい」
僕は由良にそう告げて、公園内の自動販売機まで歩いていく。
……慌てずに、ゆっくり過ごしていけばいいのに、その幸せをどうにかして守っていきたいと焦ってしまうのが、人間なのだろう。
だとしたら……僕達人間がやるべきことは、その想いのコントロールなのかもしれない。
それが方向性を失って、間違った方へと意識が向けられてしまった時……人間は過ちを犯してしまう。
「なんて考えてたって無駄だよな……」
自動販売機の前に立ち、お金を入れながら僕はそんなことを考えていたことに恥ずかしさを感じてしまう。
……つくづく思う。
幸せな日々って、時には人を酔狂にさせるものであるな、と。
「こんなことを考える程の余裕が出来るとは……」
ひょっとしたら、この頃続く幸せな時間に酔いしれて、がむしゃらにその時間を守ろうとしているのは……僕の方なのかもしれないな。
「……けど、それが人間なのだから」
平和な時間を守ろうとして、何が悪いと言うのだろう。
幸せな時間を守ろうとして、何が悪いと言うのだろう。
大切な人達を守ろうとして、何が悪いと言うのだろう。
……繰り返される疑問は、いずれも決められた答えを持たないものばかり。
ただ、一つ分かることがあるとすれば……。
「分からないから……人はそれらを守ろうとする」
自分達の未来なんて、誰にも予想することなんて出来ない。
神様ではないから、決めつけることも出来ない。
何が起こるか分からず、いつ不幸が訪れるかも分からないから……人は今の平和で幸せな時間にすがり付く。
間違ってはいない……人間として当たり前の思考。
それが……大切なのだ。
守ろうとする、『意思』が大切なのだ。
「……うん?」
買った二本のコーヒーを両手で一本ずつ持って、ベンチまで戻ってくる。
すると、見知らぬ男達三人が、由良の手を握って、どこかに連れ去ろうとしているところに出くわした。
……その時、僕の頭の中で何かが切れて、
「……何してるんだよお前達!!」
思わず僕は、男達に向かってそう怒鳴ってしまっていた。




