25,混沌
「あれが……光の器」
呟く声は、はたして誰のものであっただろうか。
光の羽根を背中から生やし、中に浮くその姿……まさしく天使。
葵はこの時、完璧なまでに天使となっていた。
見る者を魅了する……完璧な天使となっていた。
「その姿……我にとっては邪魔な存在。ここで消させてもらおう……!!」
「イレギュラーは黙ってて欲しいかもね。世界の道理から外れた悪魔には、その身体から出て行ってもらうよ」
「……抜かせ。我の力は未だに貴様より劣ってはおらぬ。まだ本気を出していないのであろう? 自我を保つために、わざと力を抜いているようにも思えるが?」
「生憎だね。さすがに全力を出しちゃうと、この建物がつぶれてしまうから気遣ってあげてることにも気付かないのかな?」
二人は、ほぼ互角の力を放っていた。
それこそ、瞬一達の介入なんか絶対にいらないと思わせられる程に。
むしろ介入することは……葵にとって邪魔になるんじゃないかという不安をあおるかのように。
「本当にピンチになった時以外、俺達は葵の援護はする必要はない……分かったな」
「……ええ。重々承知しています」
攻撃態勢を保ったままだったアイミーンは、瞬一にそう言われて術の発動を解除する。
そんな中で、二人のやりとりは続く。
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「何だ? 我に歯向かう者に対する冥土の土産ということで聞いてやってもいいだろう」
「……『アンジック病』を治す方法、貴方は知ってるの?」
その問いに対して、勝弘は表情をゆがませて、答えた。
「……我は知らない。だが、治す方法は吉沢茜が握っている。彼女は恐らく、コンピュータウイルス『アンジック』の研究を引き継いだ際に、そのウイルスを撲滅させる方法も考えてあるはずだ。故に、『アンジック病』に対する対処方法も知っているはず」
「だからあの日、あの薬を作ることが出来たのか……」
瞬一はポツリと呟く。
だがその呟きなんか気にせず、二人はやはり対峙したままだった。
「さて、遺言はそれでいいのか? 最後に彼らにかける言葉は何かないのか?」
勝弘が言った言葉に対して、葵はスパッと答えた。
「ううん、ないよ」
「む? どこまでも薄情な……」
「だって、私は生きて帰るもの。貴方を永遠なる闇から引きずり出して、光の世界へ導いて、それから全員で帰るんだもの」
「……そうか。世迷言など不要だと思っていたが、存外弱者のあがきを聞くのも一興というものだ。いいだろう、我に歯向かうことを許す。ただし許されたからには……我を存分に楽しませよ」
瞬間。
二人は一気に駆けだす。
そして、互いの力を解放し、ぶつかり合う。
「ぐわっ!」
呪文の詠唱をした記憶はない。
だが、二人の魔術は……巨大なる力だった。
そんな二人の魔術がぶつかり合うおかげで、辺りは光と闇が入り混じった混沌が広がっていく。
「くそっ……こんな混沌がこれ以上発生してしまったら、この建物はどうなってしまうんだ……!!」
生まれ行く混沌の中、大和がそう呟いていた。
だが、二人の戦いは……そんな大和の呟きを無視するかのように、更に激化する。