11,アンジック病
「これは……アンジック病の症状が出てるわね」
あの後すぐに保健室に連れてきた瞬一達が告げられたのは、その病名だった。
『アンジック病』……この言葉は啓介にとっては他人事ではなかった。
なぜなら、以前彼の幼馴染である小山千里もまた、この病気にかかったことがあるからだ。
「で、でも確かあの時は薬が……」
「前にも言ってただろ? アンジック病に効く特効薬なんか存在しないってな」
葵が言いかけた言葉を、瞬一は遮る。
以前千里がアンジック病にかかった時には、瞬一達が山中まで入って、薬の材料等を採ってきていた。
しかし、これはまったくの無意味であり、実は吉沢茜が彼らのことを試していただけだったことが後々判明したのである。
試す……もしくは、魔物を利用して邪魔な存在を消そうとしていたのかもしれないが、すべてを知る茜とは連絡が取れず、クリエイターやスクリプターはすでにこの世の人物ではない。
以上のことから総計して、あの時のことは永遠に闇に封じられたことになる。
「薬? ……ああ、そう言えば聞いたことあるわ。この学園に以前赴任していた保健医の方が、この学園内で発生したアンジック病の患者を治したって」
「それ自体は事実なのですが……実際にはそんな薬はないって……」
「ええ。薬学会で特効薬が見つかったなんて情報はまだないわね。これからも多分聞くことはないんじゃないかしら?」
「そうですか……そうなると、春香のことを治すことは……」
瞬一は、一番聞きたくて、一番答えを聞きたくない質問をする。
そして先生は、事実を告げるような口調でこう答えた。
「……残念だけど、私では無理よ。専属の医者ってわけでもないし、アンジック病は治療魔術じゃ治せない病気だもの」
「そんな……」
「くそっ……!!」
葵が悲しみ、晴信が怒りをあらわにする。
他の人物達も、みな同様にやり場のない苦しみを晴らしたいが為に、地面を思い切り踏みつけてみたり、自分の身体を殴ってみたり、いろんなことをしていた。
……だが、ここで瞬一から気になることが一つ。
「なぁ……大和。吉沢茜をこっちに一時的に戻すことって、可能か?」
「え?」
それは、まさかの提案だった。
吉沢茜を連れ戻すということは……罪人を勝手に牢屋から出す。
つまりは、脱獄を手伝うようなものであった。
もちろん事情を言えばなんとかしてもらえるかもしれないが、罪の重さが重さなだけに、それも叶わない可能性も出てくる。
ということは……実力行使に出るしかないのだ。
「交渉すれば不可能ってこともないだろうけど……でも、そうして君は、どうするんだい?」
「あの時のように……小山先輩を治してくれた時のように、アンジック病にかかった春香を治してくれるかどうか掛け合っていたい。土下座してでも頼める。だから大和……どうにかして吉沢茜を……」
「……僕だって、出来たらそうしたいよ。けど、下っ端である僕達の意見なんて、上層部が聞いてくれるわけがない。悪いけど……完全に釈放されるまで、この件は待っていてほしい」
「……俺からもお願いする。俺達には、力があまりにも弱過ぎて、無理だ……掛け合ってくれそうな校長も、今は病に倒れてる。ここにいる春香と同じ、意識不明の重体だ」
「そんな……!!」
織が悔しそうな表情を見せて、そう呟く。
……一方で、瞬一は顔を地面に向け、一言。
「それって……いつの話だよ」
「「え?」」
「それはいつの話だって聞いてるんだよ!!」
ただでさえシーンとなっていた保健室内が、さらに静寂な空気になっていく。
この場にいる誰もが、今の空気が明らかにおかしいと感じられる程のものであった。
「……それはまだ、分からない。一年後、いや、二年後……最悪の場合、十年後という可能性も……」
「……ふざけんな。そんなに待ってられっかよ!!」
大和の突きつける現実に……とうとう瞬一はキレた。