11,由雪迅
「……寺内。どうして、ここに……」
「……どうしてって、私は死んでからこの世界に来たんですよ? それなら、迅君こそここで何を……やっぱりあの時、スクリプターさんに勝って、そして……」
「……ああ。俺は悪魔の力を授かってたからな。堕落世界に堕ちた。だから今の俺は……お前らの敵に値する存在というわけだ。そんな俺が忠告してやってるんだ。だから……早くお前達は、この山から下山しろ。でないと、時期にお前達は……殺される」
「けど……私、命の花を採りに、ここへ……」
「命の花なら、ここにある」
「……え?」
そう言って由雪君が出してきたのは……一輪の花だった。
色は白くて、花びらは六枚。
「これ……本当に命の花です」
「え? これが……命の花?」
私は実物を見たことがなかったから、これが本当に命の花なのかどうかは分からない。
けど、麻美ちゃんがそう言っている以上、これは命の花なのだろう。
それにしても……いつ採ってきたのだろうか。
「はい……この花が、命の花です。それにしても、一体どこでそれを……?」
「計画にはまったく関係ないが、なんとなく採ってみたんだ……この花が欲しいのなら、お前にくれてやる。けどその代わり、この山には決して近づくんじゃねえぞ」
そう言って、私の手にそっと命の花を握らせる。
そして去り際に、こう言った。
「じゃあな、寺内。今ここで、俺達は会わなかったことにしろ。でないと……俺達はお前達を殺しに行かなくてはならなくなるからな」
「……」
そのまま、由雪君は去って行った。
……麻美ちゃんは、しばらく放心状態になったままだった。
「……どうしたの? 麻美ちゃん」
「……いえ、少し驚いていたんです」
「何に?」
「それは……命の花というのは、心が闇に染まりきっている人間が握ると、完全に枯れてしまうはずなずなのです。ですが、迅君が握った時、この花は枯れませんでした……」
「つまり……由雪君には、光の心があるってこと?」
「……そういうことになります。それが私、嬉しくて……」
……ああ、ようやっと理解した。
麻美ちゃんにとって、由雪君は唯一の居場所だったんだ。
そんな迅君は、確か復讐を果たし、その末に……悪魔との契約通りの、その命を全うした。
もしかして、麻美ちゃんは……そんな由雪君の唯一の契約を果たさせる為に、わざと元の世界に帰ろうとはしなかった?
例え自分が元の世界に帰ることが出来たとしても……結局由雪君は、その契約の末に、命を落としていただろうから。
だから……麻美ちゃんはここを選んだ?
「……私はすでに死んでいます。ですから、魂だけがこちらの世界に来ている身です。すなわち、ここの世界で死んでしまったら、本当の意味で……私は死んでしまいます。ですが、葵さんは違います。葵さんはこの世界に身体ごと移された身です。ですから、ここで死んだら、それは本当の死を意味するものです……私はこの場所で死ねるのなら本望ですが、葵さんにとってそれは本望ではないはずです。ですから、どうかお命を大切にしてください。ここは迅君の言うとおり、この花を持って、おとなしくこの山から下りましょう。でないと……迅君が折角逃がしてくれたのが、無駄になってしまいます」
「……うん」
確かに、私は命を落とす直前でこちらの世界に引き込まれ、奇跡的に助かった身だ。
だからこの世界で死んでしまえば、二度と元の世界に帰ることが出来ない。
元の世界に帰ることが出来ないという点では、麻美ちゃんも同じだ。
けれど、麻美ちゃんの場合は……一度死んでから、二度目の生を受けたのと同じことなのだ。
つまり、死を一度経験しているかしていないかの違いだけ。
私は死んでいないから、どんどん成長し続ける。
麻美ちゃんは死んでいるから……身長も昔のまま。
精神だけが育って……ここまで来てしまったのだ。
だから、麻美ちゃんの言葉は、重かった。
私を死なせない為に……由雪君の言葉を信じようとしているのだ。
いや、多分麻美ちゃんは由雪君のことを信じているのかもしれない。
なぜなら……麻美ちゃんにとっては、由雪君は唯一の居場所だったのだから。
自分がどんどん孤独へ追いやられる中、唯一自分に接してくれた、大切な人なのだから。
「……分かった。今回はこの花を持って下山しよう。そして、アルカ様に報告をしなきゃ」
「……そうですね」
この時、私は微かに思っていた。
この先、何か大きな事件が起きるのではないか、と……。