85,幽霊
「くっ! ……聖なる雷よ、我が右手に宿れ!」
俺は、右手に雷の塊を作って、それを幽霊に向かって放出する。
しかし、相手は幽霊だ。
当然……透けて攻撃は全然見当もつかないような場所に着弾する。
……いやいや、いくらなんでも敵としておかしくないか?
『どうした? この程度か?』
「いやいや……攻撃が透けるとか、どんなチートだよ」
『幽霊なんだから当然だろ?』
「もはや俺達に負けろって言ってるようなもんだよな?」
『無論、その通りだが?』
……もはや戦う気すら失せてきた。
最初から挑んでも無駄だということが分かった今、戦いではなく話し合いで解決してみることにしよう。
「なぁ、話し合いで解決っていうことにしないか? 俺と空は別にお前に危害を加えに来たわけじゃないんだからよ」
『……本当かい?』
「当然ですよ。瞬一さんは、優しい人ですから」
空にそんなこと言われると、何だか照れるな……。
そこまで優しい人間だとは思っていないが、褒められて悪い気分は絶対にしない。
「……まず、確認をするぞ」
俺はとりあえず、千世から聞いた話の通りの人物なのかどうかを確かめる。
すると、
『そうだね。俺はこの屋敷で殺された……それは確実だよ』
「そうか……やっぱり」
「痛かった……ですよね」
『痛いなんてレベルじゃないよ。辛かった……一人で死んで行くのは、限りなく怖かった。死んだ今となってはもはやそんなことどうでもいいんだけどね』
「……」
言葉に言い表すことが出来ない感情が、俺達に襲い掛かってくる。
……何というか、コイツはよほど悲しい経験をして。
そして死んだ後でも、一人きりだったんだな……。
「……お前は結局、最後まで一人きりだったんだな」
『……そうだね。俺は結局、死んだ後でも一人きりだった。ただ、それだけの話だったってことだよ』
「そんなの、悲しすぎますよ……悲しいじゃないですか。一人きりだなんて、つらいだけですよ」
空が、泣きそうな表情でそういう。
すると、目の前にいる幽霊が……笑った。
『…ありがとう。君達みたいなやつに、俺も出会いたかったな……生きているうちに、もっと早くに』
「……いいじゃねえかよ。俺達はこうして会うことが出来たんだからよ。そうだ! みんなにもお前のことを紹介してやるよ! これで一人きりになんかならなくて済むからよ!」
『……ありがとう。本当にやさしい人たちなんだね。けど、もうその必要もないよ』
「「え?」」
俺と空の声が重なる。
すると……目の前にいる奴の身体が、光だした。
「まさかお前……成仏するのか?」
『まぁ……そういうことになるね。俺は幽霊だから。目的が果たせればすぐに消えるさ』
「目的って……なんだったんですか?」
『決まってるじゃないか……最後にもう一度、誰かとこうして話すことだよ。何せ最後は何も話せずに死んじゃったからな……どうしても納得がいかなくて』
……最後に言葉を残せずに死んでしまった悔い。
それが、コイツを現世につなぎとめていた唯一のきっかけ。
それがなくなった今……後は自ら消えるのみってわけか。
「んで、最後に俺達に言い残すことはないのか?」
「しゅ、瞬一さん!? そんな簡単に認めてもいいんですか!? また一人になってしまうんですよ!? そんなのって……悲しいじゃないですか!」
「いや、こいつはもう一人じゃない……少なくとも、話した時間は五分とも満てないだろうけど、俺と空が、コイツの友人になったんだ。もうコイツは一人きりなんかじゃねえよ」
『……本当に君達は、なんて優しいんだ。それだけで、俺はもう……幸せだよ』
そして幽霊は、唐突に、俺達の前から姿を消した。
最後に、『ありがとう』の言葉を残して……。
こうして、千世の別荘の幽霊話は、終焉を迎えたのだった。




