82,散策
「……ただの空き室だな」
「……そうですね」
ここは異常なし、か。
出来ればこの調子で終わってくれればいいんだけどな……千世の話が嘘だとは思っていないけれど。
けど、幽霊がはたして本当にいるのだろうか……いや、それに近い存在なら見たことあるんだけどよ。
科学にまみれたこの時代で幽霊、か……。
「次はここだな」
「は、はい」
どうやら空も若干恐怖が消えてきたらしい。
けど、夜であるのと別荘内の照明が消えている所から総計して、空はまだ怖がっているのは確かだ。
「……手、繋いどくか?」
「え?」
俺からの提案に、思わずそんな声を挙げてしまう空。
そりゃそうだろ……いきなり手を繋ごうかなんて聞く男子の方がどうかしている。
しかもこのシチュエーションだぞ……何か狙ってるとしか思えないだろ。
「少しでも恐怖がやわらぐかもしれないぞ……こんな暗闇だし、迷子になっても困るしな」
「……そ、そうですね」
オズオズと、空は俺の手を握ってくる。
……空の手は、冷や汗で微かに濡れていた。
それほどまで恐怖に耐えてきたのだろうか。
「……あ、あの。これだけじゃまだ不安なので、その……腕に抱きついても、よろしいでしょうか?」
「ふぇ?」
……空が顔を赤くして、身体をもじもじとさせてそんなことを聞いてくる。
いやいやいやいや。
それやられちゃったらまずいよ?
俺の理性ぶっ飛んじゃうかもしんないよ?
こんな場面でそんなこと言うのも不謹慎かもしれないけど……俺の理性がいつまでもつか分からないよ?
そこんとこ了承してる?
「その……瞬一さんなら安心出来ますから。瞬一さんは信頼出来ますし」
「……そ、そうか。なら、俺の腕を貸してやってもいいぞ」
「本当ですか? ありがとうございます……それじゃあ遠慮なく」
『信頼出来る』と言われて、その言葉を裏切るわけにはいかないな。
空は俺のことを信じて、腕に抱きついているのだ。
……理性を壊して空を襲うわけにはいかないだろ、この場面。
俺は空の期待に応えなければならないということだ……しかし。
しかしこれは半殺し状態と言っても過言ではないんじゃないか?
その……腕に柔らかい物の感触が二つ感じられるのですが?
「……」
空の方を見ると、俺の腕にしがみつくことで若干の恐怖から解放されたらしい。
それでもまだ怖いのか、身体を若干震わせているのが分かる。
なかなかに健気な少女だ……空は。
「大丈夫だ。そんなに怖がらなくても……さっきも言ったが、俺が守ってやるから」
「……は、はい」
俺はそう言って空を安心させる。
……とは言っても、幽霊なんて出てきそうにないんだけどな。
そんなに怪しい気配とか感じるわけでもないし……。
……さて、そろそろこの扉を開くとするか。
「開けるぞ?」
「は、はい」
空に確認を取ってから、俺は扉を開く。
ギィッ……というわずかな音を立てて、扉は開いた。
しかし。
「……異常なし」
「ですね……ホッ」
短く溜め息をつく空。
……何だかそのしぐさが可愛いなと思ってしまったのは、俺の心の中で留めておこう。
「大丈夫なんじゃないかな……この階は」
「そうかもしれないですね……多分、幽霊は別の階にいるんだと思います。だってこの階は私達も泊まってる階なんですし」
「だよなぁ……けど、一応最後まで確認しとかなければいけないし……」
「……そうですね」
俺達は、こうしてこの階にある部屋を片っ端から探して行った。
……しかし、特に変わった点が見られることなく。
「……最後にこの部屋か」
「そうですね……開けますか?」
「そうだな……開けるぞ」
とうとう最後の部屋となったのだった。