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アルヴィレイスの探し人



 マユラはもう一度クイーンビーの巣に触れる。

 だがもう、あの幻を見ることはなかった。


「……私、どれぐらいぼんやりしていましたか?」

「数秒、といったところだが、急に石像になったみたいに動かなくなったから、驚いた」

「マユラ、どこか具合が悪いのではないか? 大丈夫か? 熱があるのでは、痛いところはないか?」


 レオナードが教えてくれる。兄がマユラの両肩を掴んで心配そうに覗き込みながら、矢継ぎ早に尋ねてくる。

 マユラは大丈夫だと微笑んだ。


「魔物の巣に触ったら……過去の記憶が、見えたみたいなんです。魔物は、土地に満ちる魔素と人の悪意が混ざったものだとアンナさんが言っていました。クイーンビーがここまでの巣を作ったのは、ここで亡くなった女性の……苦しいほどの想いが強く魔素と反応したからではないかと思います」

『お前は、いつか私の過去の記憶を見たと言ったな。素材に触れると魔素の量がわかり、そして魔物の声が聞こえるという。……ずいぶんと、厄介な力を持ったものだな』


 マユラの片手に抱かれている師匠が、どことなく不愉快そうに言った。

 

「厄介、でしょうか……」

『本来ならば知る必要のない記憶だ。魔物は魔物でしかない。そこに人間の記憶が混じっていようが、それは魔物だ。知れば同情する。知れば……そこに感情がうまれるだろう』


 魔物の声が聞こえるマユラに、師匠は度々『それは魔物だ』と言っている。

 感情移入をして攻撃が鈍れば、元々弱いマユラなどはすぐに魔物に殺されることを知っているからだ。

 その記憶を見れば、余計に。


「……確かにそれはそうなのかもしれません。……でも、少しだけ。少しだけ、いいことがありました。多分、アルヴィレイス様が知りたいことなのではないかと、思います」

「僕が? なんだろう。僕は君の全てが知りたいな、マユラ」

「余計なことを言う口だな。凍らせて二度と舌が回らないようにしてやろう」


 兄が攻撃しようとするので、マユラはその腕を掴む。

 兄は嬉しそうに目を細めると、マユラの肩を後ろから抱いた。

 本当に余計なことをいう口だと、カトレアが怒り、ルーカスはやれやれと肩をすくめた。


「いつでもどこでも女性に対する愛を忘れない、明るくて前向きなのが大将のいいところなんだけどなぁ」

「女好きは滅びろ。私はルーカス様一筋です」

「カトレアさん、ちょっとくっつきすぎじゃねぇか」


 ルーカスの腕に、カトレアがくっついている。

 アルヴィレイスはカトレアには食指が動かないのだろうか。どんな女性にでも愛を囁きそうなものではあるが、カトレアがこれだけルーカスが好きだとアピールしていると、さすがのアルヴィレイスでも遠慮をするのかもしれない。


「それで、アルヴィレイス伯爵の知りたいこととは何だろう? マユラは何を見たんだ?」

 

 レオナードが促すように優しく聞いてくれる。

 マユラの肩を背後から抱いている兄が、これ見よがしに舌打ちをした。


「……アルヴィレイス様には、腹違いの妹さんがいらっしゃいますよね」

「ど、どうしてそれを!? マユラ、君には予言の力でもあるのではないかな!? あぁ、どうしよう。僕のあれやそれやが君に知られてしまう……僕は君の前では、丸裸だ、マユラ」


 アルヴィレイスはマユラの指摘に、いつも演技じみている口調を更に激しくした。

 まるで舞台の上だ。身振り手振りも、舞台俳優である。

 もちろんマユラは演劇など見たことがないが、おそらくそうだろうとはわかる。

 

 たぶん──アルヴィレイス伯爵はとても照れ屋なのだろうなと、マユラは思う。

 本心を口にするのが恥ずかしい。真面目な自分を見せるのが恥ずかしい。

 だから、軽薄なふりをしているのだろう。


 そうでなければ、彼が長く王都劇場で俳優をしていた理由に合点がいかなくなってしまう。


「伯爵は、妹さんを探していたのではないですか? 伯爵のお父様、今はもう亡くなった前キリア伯爵は王都から女性を連れてきました。彼女の名前はティターニア。私は、ティターニアの記憶を見ました。ティターニアが子供を産んだとき、キリア伯爵家には、十歳ぐらいの男の子がいて……伯爵によく似ていました」

「──あぁ」


 アルヴィレイスははじめて、軽薄な笑みを消した。

 そして──とても深刻な顔をして、静かに頷いた。


「本当に、ティターニアの記憶を見たのだな、マユラ。確かに僕の父は、僕が幼い頃にティターニアという元王都劇場の女優と浮気をして、我が家に連れてきた。母はね、ずっと父とティターニアを恨んでいたよ。表向きは笑顔で受け入れているふりをしていたけど、僕の前では、取り乱すことも多かったな」


 マユラは頷いた。伯爵の正妻は夫やティターニアの前では物わかりのいいふりをしていたが、実際はそうではなかったのだろう。

 ティターニアの腹の子を侍女に命じて殺そうとしていたぐらいだ。

 マユラはそれについては、アルヴィレイスに告げなかった。


 それは、彼が知る必要のないことだ。


「僕は、妹ができたのが嬉しかった。すごく可愛い子でね。でも、ティターニアは子供を産むとすぐに、伯爵家から消えた。父は母の手前、熱心に探すことはできなくて。どうも父は、母がティターニアや生まれたての赤子に何かしたのではないかと考えていたらしい」

「女好きの父親もまた、女好きということですね」


 カトレアが呆れたように言う。アルヴィレイスは苦笑した。

 

「父と母はそんなことがあってからはもう、目も当てられないほどに不仲だった。結局母は、父に疑惑の目を向けられたまま病死した。心労が祟ったのだろう。僕はそんな家にいるのが嫌で王都に出て、家には帰らなかった」

「王都劇場で、俳優をしていたのですよね?」


 マユラが言うと、アルヴィレイスは頷いた。


「母は冤罪だと信じていた。ティターニアと、妹はどこかで生きていると信じて、王都劇場に。俳優をしながら、情報を集めていたんだ」

 

 アルヴィレイスはティターニアが王都劇場の女優だったと知っていた。

 だからずっと、俳優をしていたのだろう。

 細い糸をたぐるように。 

 ほんの僅かな手がかりに縋って。


 それは、母の冤罪を晴らすためだったのかもしれないし、もしかしたら不遇の中にあるティターニアや腹違いの妹を助けるためだったのかもしれない。

 だがアルヴィレイスは、自分の心情については多くを語らなかった。


 マユラも、あえて聞かなかった。これから告げるのは残酷な事実だ。

 でも──そこに一縷の希望があることを、祈った。



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― 新着の感想 ―
毒を用意して、更に食事に混ぜるように命じていた母は冤罪じゃないよね 気持ちはわかるけどね 父はせめて別邸を用意するべきだったね せつない
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