軍隊蜂の巣
レオナードのことは気になったが、本人が何が起ったのかがわからないというのだから、原因の調べようがない。
「レオナードさんはきっと、怒るのとかを我慢しすぎなんですよ」
「そう……だろうか」
「はい。私、思いますに、普通はこう……我が儘な王女に呪われたりしたら怒ったりするのではないでしょうか」
「それは君も同じだろう、マユラ」
「そうですか?」
皆で力を合わせて戦い、クイーンビーと軍隊蜂たちを討伐したマユラたちは、森の奥へと向かってる。
「それに……記憶が飛ぶほど、なんて。異常だろう?」
「ほら、普段温厚な人ほど怒ると怖いといいますし。腹が立ちすぎて目が赤くなることもあるのではないでしょうか。でも、私の怪我ぐらいで、そこまで怒らなくていいですよ」
「それは──おかしい。ぐらい、なんて言わないでくれ」
自分に何が起ったのだろうと気にしているレオナードを励ますために、マユラはその隣を歩きながら明るく話しかけていた。
励ますつもりで言った言葉が逆に傷つけてしまったようで、マユラは困り顔で笑った。
戦っていれば怪我もするだろうし、怪我はポーションで治るから心配いらないのだが。
それでも怒るぐらいに心配してくれるのが、レオナードの優しさなのだろう。
「……妙に仲がいい。レオナード、弱みを見せればマユラが励ましてくれると思ってわざとあのような……!」
「マユラ、僕もかなり頑張ったと思うのだが。アルヴィレイス様素敵でした! と言って、抱きついてきてもいいのだぞ」
マユラの背後で兄が苛立っており、アルヴィレイスが何事か話しかけてくる。
兄ははじめてアルヴィレイスに気づいたように、ぎろりと睨み付けた。
「誰だお前は」
「君こそ誰だ?」
「マユラの兄だ」
「それはそれは、はじめまして、兄上。マユラの運命の恋人、アルヴィレイスだ」
「死ね」
「皆、僕に対して殺意が高くないか!?」
兄がアルヴィレイスに氷の刃をぶつけようとするのを、ルーカスが割り込んでその刃を剣で受ける。
「いきなり攻撃をするのはやめてください。大将はこれでもいいところがあるんです。ちょっと女性に目がないのが玉に瑕ですが、これでも男気があるいい男なんですよ」
「ルーカス様に攻撃をしたわね……許せないわ……」
ルーカスの背後にぴたっとはりついて、カトレアも文句を言っている。
なんだかとても賑やかだ。
マユラは師匠を鞄からとりだした。お腹がさけてしまっているせいで、師匠は自由に動けなくなっているようだった。
「大丈夫ですか、師匠。怪我をさせて、ごめんなさい」
『謝罪をするな。面倒だ。それに、問題はない。痛覚はないと言っただろう。足と胴体がぶらぶらしている故、動かないが』
「街に戻ったら、すぐになおしますね。これからは、ソーイングセットを持ち歩かないと……。もしくはぬいぐるみ用のポーションが必要です。どんなほつれもほころびもなおせる錬金魔法具を開発しないといけません」
『……別に、そこまでしなくていい』
師匠は──マユラを守ってくれようとした。
口は悪いが、やはり師匠だ。マユラは師匠を感謝の意を込めてぎゅっと抱きしめた。マユラの腕の中で師匠が『お前、やめろ』と文句を言っている。
「師匠。俺が不甲斐ないせいですまない」
レオナードが胸に手を当てて、落ち込んだ様子で言った。
『私の怪我を己のせいだと思うのは傲慢だ、馬鹿めが。全ての責任を背負おうとするな、面倒な。そもそも兄がクイーンビーなどに遅れをとるのが悪い』
師匠に指摘されて、兄は考え込むように軽く首を傾げる。
「それについては、なんというか……迂闊でした。普段なら遅れをとりはしないのですが。不甲斐ない姿をお見せしました、師匠」
『……兄は、たまに素直だな。不気味だ』
それについてはマユラも同感だ。不気味とはいかないまでも、兄は師匠に対しては妙に素直である。
同じ魔導師として、尊敬の念を抱いているのかもしれない。
「お兄様は、私やレオナードさんがいたから、信頼して油断をしたということですよね」
「あぁ、まぁ、そうだ。信頼している、マユラ。お前は見事に私の石化をといてくれた。愛故だな」
「立派な錬金術師になるため、いつまでもお兄様やレオナードさんに甘えているわけにはいきませんから。それに、アルヴィレイス様やルーカスさんやカトレアさんに助けていただきました。私も、もっと頑張りますね」
「いつまでも甘えてくれていいのだぞ、マユラ。存分に甘えてくれ」
兄が抱きしめようとしてくるので、マユラは避けた。
というよりも、小道の奥に開けた空間があり、そこに異様な光景が広がっていたために小走りになった。
「わぁ、すごい」
背の高い木々や草むらに守られるようにして、そこには六角形が整然と並んでいる『巣』がある。
軍隊蜂の幼虫を育てるための巣なので、一つ一つの六角形は赤子の頭程度の大きさがある。
その黄色い巣にはたっぷりと蜂蜜が満ちている。
マユラたちとの戦いでクイーンビーは全ての戦力を投入したのだろう。
軍隊蜂の巣には軍隊蜂は残っていないようだった。
『ここまでの規模のものは、私も見たことがないな』
「ずいぶん育てたものだな」
「この規模になるまで放置されていたのか」
師匠と兄も感心している。レオナードの言葉に、アルヴィレイスがすまなそうに肩をおとした。
「それについては、すまない。嘆願書が届いて意気揚々と退治に出かけたら、見事に石化をしてしまってね」
「あぁ、自己紹介が遅れました。アルヴィレイス伯爵ですね。俺は……」
レオナードがアルヴィレイスに挨拶をして、礼をする。
「知っていますよ。レオナード公爵家ご子息様。僕のような田舎貴族に頭をさげないでいただきたい」
「公爵家から出て、今は放浪の身です。貴族籍などあってないようなものですよ」
「血筋は血筋です。逃げられるものではありません」
アルヴィレイスは真面目な顔をした。
彼もきっと、王都で俳優を続けたかったのだろう。だが、義務があり戻ってきたのだと、マユラは思う。
レオナードは「……そうかもしれない。アルヴィレイス殿、気をつかわせてすまない」と、今度は頭をさげずに謝罪をした。




