いざ、再戦
再びクイーンビーの森に戻ってきた。
イヌに何かあったらもしもの時に撤退ができなくなってしまうので、イヌには森の入り口で待っていてもらった。「すぐに戻りますからね」とマユラが告げると、イヌは尻尾を振りながら「ワン!」と元気よく答えてくれる。
マユラはわしわしイヌを撫でた。大きな犬とはいいものだ。
店番をしているルージュは元気だろうかと、小さな小鳥に思いを馳せる。
そこら中にある石像を見て「いやぁ、それにしても石像があるね」とアルヴィレイスがのんびり言った。
「僕もこの石像群の一員になるところだったと思うと、中々感慨深いものがあるな」
「偶然お風呂場に落ちてよかったですね」
「あぁ。湯煙の中で僕に触れる君は、さながら湖の女神のようだった。運命だ、マユラ」
『マユラ、女好きを再び石化させて森の入り口のオブジェにしろ』
「それはちょっと、可哀想ですので」
もっとたくさんの軍隊蜂が手に入ったら、毒針のセラムを量産して石化している人たちを助けなくてはいけない。
クイーンビーの蜂蜜を取りに来ただけなのに、なんだか大変なことになってしまったなと思いながら森を進む。
アルヴィレイスが「マユラは、僕の後ろに隠れていてくれ」と先導してくれる。
男気はあるのだ。恋多き男というだけで、悪い人ではないのだろう。
レオナードと兄が石化をしているのは、森のもっと奥。もうそろそろすると、またあの音が聞えてくるはずだ──。
視界の先に、頭をおさえて固まっているユリシーズと、ユリシーズを守ろうとしながら石化しているレオナードの像がある。
「これは……芸術的なのでは? そうだね、タイトルをつけるのならば友愛の像。親友同士の二人が、互いを守りあいながら最後には石化をしてしまう、友愛の話。いいね、女子に人気が出そうだ」
「レオナードさんは皆を守る太陽の騎士ですからね。でも、お兄様はどうでしょう」
『友愛という言葉が最も似合わん男だな』
マユラが兄とレオナードに駆け寄って石化をとこうとすると、ぶんぶんと耳障りな音が草むらから響いてくる。
『またきたのね、人間──!』
軍隊蜂の群れを引き連れたクイーンビーがマユラたちの前に現れる。
ブンブン飛び回る軍隊蜂たちの数は、マユラの視界を黒く埋め尽くす程に多い。
「か、数が増えていませんか……!」
『増えているな』
前回の時よりも、軍隊蜂の数が倍ほど多い。
レオナードとユリシーズが散々狩ったというのに。
『人間は人間を助けに来るのを、知っているわ。今までの人間たちもそうだった。石像は人間をおびき寄せるための餌。おびき寄せた人間を、巣に隠していたたくさんの子供たちの餌にするの。あなたたち、食べてしまいなさい!』
クイーンビーの声は、マユラにしか聞こえない。
軍隊蜂は人間を食べるだなんて、知らなかった。針で刺して殺めたり、石化の被害があるのは知っていたが──まさか、人間を栄養にしているなんて。
「思ったよりも、被害が大きそうですね。素材を取りに来ましたが、討伐する理由ができました」
「マユラ、僕に任せろ」
アルヴィレイスが剣を抜き、飛びかかってくる軍隊蜂を次々に切り裂いた。
美しい太刀筋だ。さながら、舞台で行われる殺陣を見ているようだった。
だが、どれほど切り裂き地面に落としても、クイーンビーの背後から次から次へと軍隊蜂がわきあがってくる。
『異様に数が多いな』
「師匠、クイーンビーは軍隊蜂に人間を食べさせているみたいです。私と伯爵は食料のようです」
『あぁ、食うことを覚えたのか。あの個体は、長く討伐を逃れていたようだな。知恵をつけ、おそらくは巣を肥大化させている。それは、異質だ』
「普通とは違うのですね」
『軍隊蜂は人間を食わない。ここまでの数になることもない。あれは、巣を肥大化させ子を増やすことに固執しているのかもしれんな』
マユラは杖を構える。魔力を流すと、杖の先端から刃が突き出した。
攻撃力のあがった杖で、軍隊蜂をぼこっと殴る。
先端の刃が軍隊蜂を切り裂き、仕込んだ毒がその体を痺れさせる。
杖の刃が触れただけで、軍隊蜂は体を痙攣させながら地面に落ちて動かなくなった。
なんとか、レオナードと兄の石化をとかなくては。
そうすればこちらに有利になる。けれど──石像までたどり着けない。次々と襲ってくる軍隊蜂の相手で精一杯だ。
息が切れる。汗が頬を伝った。
「くそ、数が多いな!」
『眠りに落ちろ。素敵な夢を見ながら、食われてしまいなさい』
クイーンビーから、桃色の煙が放たれる。
アルヴィレイスは片手で口元を覆った。マユラには──その煙はきかない。
思う存分吸い込むと、周囲にシュークリームやローストビーフ、豚の角煮がぽこぽこ浮かんだが、すぐに消えた。
「よし、大丈夫!」
『食欲の勝利だな』
「食欲も時には役に立つのですよ!」
幻覚の中には落ちないが──このままではジリ貧だ。
アルヴィレイスが地面に膝をつく。呼吸を止めるにも限度がある。煙を吸ってしまったのだろう。
マユラはアルヴィレイスの元に走った。アルヴィレイスの体にその頑丈な顎で食いつこうとしている軍隊蜂を、杖を振って散らす。
「……っ」
マユラの腕に、軍隊蜂がかぶりついた。
その口には、無数の小さな牙がはえている。普通の蜂とは違う。
腕を食いちぎられて、その苦痛に眉を寄せる。
『マユラ!』
師匠が鞄から飛び出して、マユラを庇おうとしてくれる。軍隊蜂は邪魔くさそうに、師匠をぼろぼろにしようと襲いかかる。噛みつかれた場所から、綿が飛び出る。
「駄目、やめて!」
マユラは師匠を腕に抱き、覆い被さるようにしてうずくまり、軍隊蜂の攻撃から守った。
軍隊蜂が、マユラの体を食いちぎるために大軍で襲いかかってくる気配を背中に感じた。




