いざ、クイーンビーの森へ
明日の予定が決まった。美味しいものを食べてお腹もいっぱいになったために、マユラたちは部屋に戻った。
支払いはユリシーズが済ませてくれた。ちなみに支払うときに「そんなに安いのか? 何かの間違いでは?」と呟いて、イネスに笑われていた。
皆で部屋に戻り、マユラは師匠を腕に抱いてレオナードとユリシーズにぺこりとお辞儀をする。
「それでは、レオナードさんお兄様、おやすみなさい。レオナードさん、ソファに寝かせてもうしわけないです」
「俺のことは気にしなくていい」
「そうだ、気にしなくていい」
『気にする必要はない。呪い男にはソファが似合う』
「二人とも、レオナードさんにつめたくないですか……?」
「ユリシーズや師匠にあまり優しくされるのも落ち着かないから、構わないよ。おやすみ、マユラ」
「おやすみなさい、レオナードさん」
挨拶も終えて、マユラはころんとベッドに横になった。
ふあっと欠伸をして、師匠を胸に抱いた。
『お前……離せ』
「駄目でしたか? いつものことなのに」
『よろしくない』
よろしくないとは、なにがよろしくないのだろうか。
まぁいいかと、マユラは師匠をぎゅうぎゅうする。触覚はないのだ。ぎゅうぎゅうしたところで、師匠はなにも感じていないはずだ。
「お兄様も、おやすみなさい」
「……あぁ。マユラ、今日も愛している」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」
「お前と共に就寝できる幸せを、噛みしめさせてくれ」
「はい、お兄様。……あの、あまり触るのはいけません。嫌いますよ」
「……仕方ない」
マユラの髪をふわふわと撫でたり、頬をくすぐるように触ったり、幸せそうにしながらマユラを触っている兄に注意をすると、彼は心底残念そうに手を離した。
ものすごく見られているなという視線を感じる。マユラはできる限り気にしないようにした。
この、寝ているときにすごく見られている感じ。
妙な既視感を感じた。もしかして兄は、今までもマユラが睡眠中に様子を見に来ていたのだろうか。
ありがたいような、そうでもないような、微妙なところである。
『まったく、よろしくない。なんと不埒な女だ。何にも考えていないところがまた、腹立たしい』
寝る間際まで師匠が小声でぶつぶつ言っていたが、マユラはこちらも気にしないことにした。
翌日、マユラたちはイヌに乗り、ユリシーズは謎の海産物に乗り、クイーンビーの森に向かった。
正式名称はラルカスの森というが、誰もそう呼ばない。
クイーンビーが生息しているために、クイーンビーの森と呼ぶのである。
クイーンビーとは、その名の通り、蜂の形をした魔物だ。
巣を作り、軍隊蜂という子供たちをうみだす。
クイーンビーが討伐されると、数多くいる軍隊蜂の中から再びクイーンビーがうまれるという仕組みになっている。
魔物だが、まるで動物のような生態系を有している存在である。
『魔物も多岐にわたる。スキュラやリヴァイアサンのように、一体で彷徨うものもいれば、セイレーンやクイーンビーのように、まるで生態系でもあるように集団で生息している者もいる』
「つまり、魔素が悪意と結びついて魔物になったあと、それは独立した生物としての性質を手に入れる、ということでしょうか」
「人間も似たようなものだ。雄と雌の一部が混じりあい、人になる。それは、結合時は人としての意志や感情など有していないだろう」
『そうだな、兄よ。言い得て妙だ。人が人としての意志を有するのは生まれたあと。自我を得るのはある程度成長した後だ。魔物も同様なのかもしれんな』
至極真面目な話ではあるのだが。
もしかして今の話は、兄妹で結ばれることに問題はないという、神秘の方法に通じているのかもしれないと思うと、なんとなくいたたまれない気持ちになる。
「それにしても、本当に石像だらけだな。……皆、クイーンビーの石化毒にやられたのか」
森の入り口でイヌから降りたレオナードは、転がっている石像を眺めて言う。
確かにイネスの言うとおり、様々なポーズをとりながら石像にされた人たちが、森の中のオブジェのように地面に転がっていたり、立ちすくんでいる。
「石化毒などにやられる前に、倒してしまえばいいだけだ」
『クイーンビーは幻覚を見せる故な。惑わされて、毒を浴びたのだろう』
「クイーンビーの幻覚って、その人の好きなものを見せるのですよね、師匠」
『あぁ』
「そうすると、師匠は何をみるのでしょうね。私は何をみるのかな……好きなものとか、その人が抱えている心の中の欲望……何かあるかな」
「……マユラと愛し合う幻覚か。私の弱点をつくとは、卑怯な蜂よな」
「ユリシーズは、待っていたほうがいい気がしてきたな」
「レオナード。貴様、幻覚であってもマユラのあられもない姿を見ることは許さん」
マユラは杖を手に、師匠を片手に森の奥に進んでいく。
すると、侵入者に気づいたように、ブンブンと、耳障りな羽音が草むらの奥から響き始めた。




