三人一部屋という罠
旅人が泊まるための安価な宿の一階は、酒場と食堂になっている。
二階には部屋があるものの、田舎の小さな街である。王都の喧噪に疲れた金持ちが静養にくることはあるものの、そういった者たちは高級宿を使用するために、安価な宿は小さなものだ。
イヌは宿に入ることができないので、宿の前の馬屋に預けた。
また明日と言ってマユラがわしわし撫でると、イヌは尻尾を振ってくれた。
マユラたちは宿に入り、受付に向かう。
「部屋はあいているか?」
レオナードが受付の女性に尋ねる。
「三部屋しかないんだけど、珍しく二部屋埋まっていてね。……どういう関係かはわからないが、三人一部屋でいいかい? あぁ、あんた。レオナードさんじゃないか。可愛い彼女……彼女? 三角関係?」
「こちら、兄です。そして私は友人です」
「友人のマユラだ、イネスさん。一部屋しか空いてないのか……」
顔の広いレオナードは、女将と知り合いらしい。
宿の受付に座っているふくよかな女性が、「そうなんだ。珍しいことにね」と答える。
「私は同じで構いませんよ」
「ベッドは二つしかないよ?」
「兄妹だ。ベッドは一つで構わない」
「……え、あ、いえ、それはその……」
『呪い男と兄が共寝をすればいい』
「と、ともかく、一部屋で大丈夫です。その分お部屋代も安くなるのですよね?」
「もちろんさ。一部屋を三人で割った代金になるね。料金は先払いだよ」
一晩三千ベルク。三人で割れば一人千ベルク。
兄が「そんなに安いのか……?」と密やかに驚愕している。
それぞれ支払いを済ませて部屋に向かう。レオナードは「女性と二人で泊まるのは……」とぶつぶつ言っているが、マユラの部屋で二人で寝たのだから今更の話だろう。
小さな部屋にベッドが二つ。ありがたいことにソファが一つある。
「俺がソファで眠る」
「私が一番小さいので、ソファでいいですよ。ふわふわの場所があるだけ幸せですから」
「……マユラ、すまなかった。二度とお前を苦しめたりしない。私がソファでいい」
「いや、俺が」
誰がソファで眠るかでしばらく押し問答をしている間に、師匠は呆れてしまったらしく、さっさとベッドにぽすりと横になった。
「では、三つ巴じゃんけんで決めましょう」
「……なんだそれは」
「お兄様、知らないのですか? ヴェロニカの子供たちの間で流行していた順番決めなどに使われる勝負なのですが」
「俺は知っている。あれをやるのか、マユラ。いや、べつに構わないが、少し恥ずかしいな……」
レオナードが口を押さえて照れている。師匠も知らないらしく『なんだそれは?』と訝しそうに聞いてくる。
「三つ巴じゃんけんとは、兎と狐と犬になりきって行う勝負のことです。狐は兎に強くて、兎は犬に強くて、犬は狐に強いのですね。ちなみにポーズは、こうです」
兎は頭の上に両手を持ち上げるポーズで、狐は胸の前で両手で前足をつくり、犬はお座りのポーズ。
それぞれのポーズをとって兄に説明をすると、兄は僅かに頬を染めて潤んだ瞳でマユラを見つめた。
「……私を試しているのか、マユラ。そんな、可愛い……なんていけない子なんだ……」
「れ、レオナードさんは知っていますよね。じゃあ、いきますよ。目を閉じてポーズをします。合図をしたら目を開くのです。三つ巴じゃんけんー」
『……本気か?』
もちろん本気だ。
レオナードも真面目な顔で頷いている。マユラは目を閉じると兎のポーズをした。
「ぽん!」
合図と共に目を開くと、レオナードと兄が至極真面目な顔で犬のポーズをとっている。
『犬を従える女帝のようだな、マユラ。やったな』
「勝ちました、私がベッドですね! ふふ、やりました師匠。お兄様に勝ちましたよ」
「本望だ」
「……ユリシーズ、俺は野営になれているからソファでいい」
「そうか。では遠慮なく私はマユラの隣で眠らせてもらおう」
マユラが師匠を持ち上げて喜んでいる間に、どこで眠るかが決まったらしい。
レオナードは荷物をソファに雑に乗せている。ユリシーズは魔法でふわりと二つあるベッドを浮かせて、ぴったりとくっつけた。
わざわざくっつけなくてもいいのだが──くっついてしまったものは仕方ない。
マユラは気にしないことにした。いちいち気にしていたら身が持たない。
「師匠、お風呂とご飯にいきましょう。レオナードさんとお兄様も一緒にいきますか?」
マユラが尋ねると、兄とレオナードは顔を見合わせて、「あぁ」「そうだな」と、なんだかぎこちない返事をした。
「マユラ。こういったところの風呂は、共同風呂が普通だ。つまり、男女共用なんだが」
レオナードが困った顔で言うので、マユラは首を傾げる。
「知っていますよ?」
『……おい。マユラ、どこまではしたないんだお前は。いくら元人妻とはいえ』
「あのですね、師匠。共同風呂には湯浴み着があるのですよ。王都の共同風呂だって、湯浴み着を着て皆で一緒に入るんです。ヴェロニカの街にもありましたね、共同風呂。懐かしい」
「……私はお前と共に入る義務がある。誰かがお前に襲いかかるかもしれんしな」
「お兄様、それは私を買いかぶりすぎというものです。私は今まで一度も、男性からいい寄られたことがないんですよ……?」
「私はお前のことを王国一可憐だと思っている」
「……嬉しい、ような、嬉しくないような……。ともかく私は行きますね。レオナードさんとお兄様も、好きなように過ごしてくださいね。あっ、レオナードさんは呪われていますので、できる限り私の側にいてください」
「あ、あぁ……」
マユラは師匠を抱いて、さっさと部屋を出た。
押し問答をしていたら時間が勿体ない。せっかく知らない街に来たのだから、風呂に入って美味しいものを食べて、酒なども少し飲みたい。
マユラは自由の身だ。採取目的でここに来たのだが、せっかくなら楽しみたい。




