表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/115

はじめてのお泊りは、家族同伴



 イヌに乗るレオナードの後ろに、マユラは乗せてもらった。

 王都の門から出るまでの間は、人や馬車にぶつかったらいけないので、イヌを走らせることはあまりない。

 速足で歩くイヌと、その横をふわふわ飛んでいる謎の動物に乗る美形の姿に、人々はやや騒然となっていた。


 レオナードも目立つのだが、ユリシーズがなにせ目立つのである。

 普段からこんなに目立つ移動方法を──と、マユラは不思議に思う。


 その割に、ユリシーズの絵心について話題になっているという噂は聞いたことがない。


「あの、お兄様……」

「どうした、マユラ。やはり私のほうに来るか? 地を走るよりも空を飛ぶほうがいいだろう」

「ぐるる」


 ユリシーズの言い分に、イヌが若干怒っている。


「そうではなくてですね。イヌさんは、とても快適です。そういうことではなくて、お兄様はいつもそういった乗り物に乗っているのですか?」

「あぁ、確かに。騎士団時代は、そんな乗り物には乗っていなかったな」


 レオナードも同意してくれる。

 毎回毎回移動のたびに謎の動物に乗っていれば、噂になりそうなものだが──。


「私は乗り物を必要としない。浮遊魔法があれば飛ぶことができる」

「え……あ、あぁ……! お兄様はいつも、ひとりでふわふわ飛んでいた気がしますね……!」


 そういえばそんな姿を見たことがある。

 レイクフィア家にいたときは兄など恐怖の対象でしかなかったので、じっくり見ることなどなかったのだが。


 召喚魔法については、彼が練習をしているときにこっそり見たことがあった。

 これは、ユリシーズの絵が可愛かったからである。

 あれはマユラの、唯一といっていい密やかな楽しみだった。


 ところで、浮遊魔法で長距離を飛ぶなど魔力の浪費でしかないので、普通はしない。

 ユリシーズだからこそできる芸当ともいえる。そういう意味ではやはりユリシーズは天才なのである。


「そうだな。お前は一人で飛んでいたな」

『私も飛べる。飛べた。かつては』

「師匠も飛べたのですね。召喚魔法もできましたか?」

『さすがにあのような奇怪なものはつくりだせないがな』

「その点では私の方が師匠よりも優れているようですね」


 得意気に兄は言った。多分師匠は褒めていない。

 まぁ、兄が満足そうならいいかと、マユラは何も言わなかった。レオナードは「確かにユリシーズの絵は個性的でとてもいい。俺には描けない」と褒めている。

  

「あの、ではどうして今日は……」

「お前を乗せようかと思ったが故な。私の隣はいつでも空いているぞ、マユラ」

「あ、ありがとうございます。機会があったらぜひよろしくお願いします」

「空を飛ぶのはいいな、俺も」

「なぜお前を乗せなくてはならん」

『……呪い男は、強く頭でも打ったのか?』

「師匠、レオナードさんは優しくて前向きなんですよ」


 ユリシーズにそんなことを頼めるレオナードは心が強い。

 

 イヌと謎の魚介類はすいすいと大地を駆け、空を駆ける。

 徐々にあがるスピードに、マユラはレオナードの腹に振り落とされないようにしがみついていた。

 アンナが言うにはこの背中にものすごくこわいものがへばりついているようなのだが、しがみついても何か感じるということはなかった。


 もしかしたら少しぞわっとしたのかもしれないが、振り落とされないように必死なせいでそれどころではなかった。


 徒歩では二日かかる道のりを、イヌのおかげで一日で進むことができた。

 マユラたちが辿り着いたのはクイーンビーの生息地の傍にある街、湖畔の街エストマである。


 小麦畑が広がっており、川の傍には風車小屋がある。

 ニワール鳥が街の中を歩き回っており、路地に積まれた木箱の上には猫が眠っていた。


 出立が昼前だったために、到着した時刻はすでに夕方。

 夕闇が山の向こう側から迫ってきており、家々からは煮炊きをするよい香りが漂いはじめていた。


「今日はここで泊って、明日クイーンビーの蜂蜜を採取に行きましょう。宿があいているといいのですが……」

「エストマには宿が二軒あるな。庶民的な値段の宿と、高級な宿だ。俺が使用しているのは、庶民的な安価な宿だが」

「マユラと私は高級な宿に泊まる。お前は一人で安価な宿に泊まれ」


 マユラとレオナードがイヌから降りると、ユリシーズも魚介類のような何かを消し去って、地面に降り立った。

 イヌの周りに子供たちが集まって、イヌの頭や首をわしわし撫でている。


「お兄様、私も安価な宿に泊まります。自分の支払いは自分でします。甘えたくはありません」

「……マユラ、私はお前のことを支えたい。金など腐るほどある」

「そういうことを言っていると、お金がなくなってしまうのですよ、アルティナ家みたいに」


 マユラは兄の姿勢を咎めた。

 オルソンとリンカは金は湯水のように湧いてくるものだと勘違いしていたのである。

 実際にはものすごく貧乏だったのに、だ。


「ユリシーズは高級な宿に泊まるか?」

「……私もお前たちと同じでいい。これも、人生経験というものだろう」

「師匠もそれでいいですか?」

『宿などなんでもいい』


 ユリシーズは高級志向だが、師匠はそうでもないらしい。

 これはきっと、生まれ育った環境に違いがあるのだろう。


 マユラたちはレオナードの(実際にはレオナードのイヌの)案内で、安価な宿へと向かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ