おそろいの腕輪は結婚とは関係ありません
師匠のビーズを、なくさないようにマユラは鞄にしまった。
「師匠、よかったですね。きらきらビーズですよ。なくさないように、師匠の王冠に家に戻ったらはりつけてあげますね」
『……好きにしろ』
師匠の声音に、戸惑いが混じる。
師匠も子供には弱いのかもしれないなと考えながら、マユラは師匠の頬をつつく。
それから自分の分のビーズの腕輪を、腕につけた。
「可愛いですね……でも、素材採集中になくしたら嫌ですから、私の腕輪も家に戻ったら硬度を強化する工夫をしないと」
「マユラ、こういうのをお揃いというのだな」
グウェルたちが仕事に戻り、再びレオナードを待ちながらクッキーをサクサク食べていると、ユリシーズが腕をマユラの前にかざしてくる。
「こうしてお揃いのものを見につけていると、特別、という感じがする。挙式はいつにしようか、マユラ」
「……お兄様、兄妹では結婚できないのですよ?」
「何故?」
『倫理的な問題だろう。血が濃すぎると、子に悪影響があるという懸念もある』
意外と常識的なことを言う師匠に、ユリシーズは「あぁ、そのことか」と頷いた。
「レイクフィア家では、近親婚も奨励されている。もちろん、血の濃さについては克服済だ。門外不出の神秘の法ではあるのだが、子を作るときに」
「わ、わわわ……っ」
「どうした、マユラ。そのような愛らしい反応をされると、常に必死に自分をおさえつけている私としても、自制心が崩れてしまうが」
「こ、怖い……どうしたもこうしたもありません、門外不出の方法を、こんな場所で、公衆の面前で駄目ですよ。師匠、駄目ですよね」
『まぁ、そうだな。そういった研究はしてこなかったが故、興味はあるが。子供の前で、やめておけ』
師匠はニーナを気にしてくれるらしい。子供には若干優しいのかもしれない。
ユリシーズは頷いて、謝罪をした。
「そうですね、師匠。以後、気をつけます」
兄はどうも、師匠を師匠としてきちんと尊敬しているように見える。
師匠(の中身)が、立派な魔導師だったことを、同じ魔導師として理解をしているのかもしれない。
「マユラ、この話は二人きりの時にしてやろう。お前も気になるようだからな。積極的で、私は嬉しい」
「違います、違いますからね……?」
マユラは師匠を握りしめて、ぶるぶる振った。
師匠は嫌そうに『なんだ、お前は。元人妻だろう。何を照れている』と、大変失礼なことを言ってくる。
元人妻に対する風評被害である。
「あっ、レオナードさん!」
扉が開き、ニーナがぱたぱたと駆け寄っていく。
「マユラお姉さんと、ゆりしーお兄さんにもあげたの。これ、レオナードさんにもあげるね。それから、お母さんたちが、レオナードさんたちはこれからずっと、ご飯がただって言ってた!」
「そうなのか……? ありがとう、ニーナ。グウェルさんも、元気になったようでなによりです」
「おぉ、このとおり元気だ! レオナード、お前も早く結婚しろよ。妻や娘がいるのはいいぞ」
「そうですね、羨ましいです」
ニーナたちと話したあと、レオナードがマユラたちに軽く手をあげて、近づいてくる。
その腕にはビーズの腕輪がある。
レオナードは、新緑のような、エメラルドグリーンのビーズだった。
「レオナードさん、無事に辿り着いてなによりです」
「さすがに、家の近所では迷ったりはしない……と、思う。イヌが、乗せてくれたからね。大丈夫だった」
「イヌさんは、しっかりしています」
「マユラたちももらったのか? お揃いだな」
「そうですね、お揃いです」
兄の言うお揃いには若干薄ら寒いものを感じるのだが、レオナードの言うお揃いは爽やかだ。
マユラは腕輪を見せると微笑んだ。
「……お前はお揃いではなくていい。今すぐ引きちぎってやろう」
「お兄様、ニーナちゃんからのプレゼントですよ? 怒りますからね……?」
「私を叱ることができるのはお前だけだ」
「……レオナードさん、何か飲みますか? 私たちは、ココアをいただきましたけれど」
兄のことはとりあえず一旦おいておいて、マユラはレオナードに尋ねる。
「いや、大丈夫だ。家に戻ったついでに、傭兵ギルドにもポーションを届けてきた。ベルグランギルド長も喜んでいたよ。それから、マユラにしっかり呪いをといてもらうようにと念を押された」
「ありがとうございます、レオナードさん」
「金は後日、マユラの元に持って行くと行っていた。店も見たいし、開店記念の花も届けたいと言っていたな」
「嬉しいですね」
マユラがいないときの対応は、アンナがきちんとしてくれるだろう。
マユラたちはニーナたちに挨拶をすると店を出た。
ユリシーズが金を支払おうとしたが、グウェルに「いらない。何を食べても無料だ、気にするな」と言われてしまい、やや困ったように嘆息していた。
金に困っていない兄は、多く支払うことはあっても支払わないなんていう経験は一度もなかったのだろう。
「では、出発しましょうか。クイーンビーの生息地は、王都から歩いて二日です」
「イヌに乗れば、一日でつく。だが、さすがに三人は乗れないな。マユラは乗せられるが、ユリシーズは……」
「私は、飛ぶ。マユラも乗るか?」
店の前で待っていたイヌをマユラがよしよし撫でていると、ユリシーズは移動用の召喚魔法を使った。
地面に描かれた魔法陣から現れたのは、大きな──ナマズのような、エイのような何かだった。
「お兄様、それは……」
「リヴァイアサンだ」
「そうなのですね……リヴァイアサンは空を飛ぶのですね」
「別に形状はなんでもいい。飛ばしているのは私だから、乗れさえすればそれで」
リヴァイアサンには見えないが、すごく可愛い。
マユラは迷ったが、イヌが「わおん!」と、自分に乗れというので、イヌの背に乗ることにした。
兄は不本意そうにしていたが、駆けるイヌの横を並走することに決めたようだった。




