老若男女に優しい男
ニワール鳥を追いかけ回す師匠という珍しいものをにこやかに眺めながら、マユラもレオナードと共にニワール鳥を捕まえた。
目を離すとレオナードがどこからきたのかわからない謎の鳥を連れてくる上に、もっと目を離すと謎の鳥の群れに囲まれて女神教用語で言えば涅槃を形成しつつあるため、ともかくレオナードから目が離せなかったのである。
(この既視感、すぐ別の道に突き進もうとするレオナードさんだわ……)
レオナードは、迷いやすい。そして鳥の区別がつかない。
見た目が貴公子なので騙されそうになるが、思いのほか野生の勘のみで生きているのかもしれない。
しかし、シグマ曰く騎士団長は立派に務めていたようだから、しっかりしているのだろうとは思うけれども。
「マユラ、白くて丸い鳥だ」
「それは白鳥ですよ、レオナードさん。どこから連れてきたんですか」
「探していたら寄ってきた」
『そこの呪われ男、お前はさては人生の迷路にも迷い込んでいるのではないか』
「師匠、それは罵倒なのか心配なのか微妙なラインですね」
「なんだか楽しそうねぇ、いいわね〜。あっ、お夕飯の用意をしなくちゃ。お風呂も沸かすわね」
マユラたちのやりとりを微笑ましく見守っていたアンナが、ふわふわ浮かんで、ずぼっと家の壁をすり抜けて家に戻っていく。なんというか、便利だ。
「私、このままアンナさんと暮らしていたら、どんどん堕落しそうです……」
「そんなことはないと思うけれど。マユラの世話を焼けて、アンナさんも幸せそうだ。マユラはアンナさんに世話を焼かせてあげているとでも言えばいいのか」
「焼かせてあげている?」
マユラが両手に抱えているニワール鳥を、レオナードは立派な鳥小屋に入れた。
ニワール鳥たちは立派な鳥小屋が気に入ったらしく、羽をぱたぱたさせて喜んでいる。
師匠が乗りこなしているニワール鳥も抱えあげて、鳥小屋に入れる。全部で十羽ほどのニワール鳥が集まった。
イヌが興味深そうに鶏小屋を覗き込んでいる。ニワール鳥たちはその視線に気づいて、まるまるとした体を寄せ合って怯えている。
ぬいぐるみに疲労感があるかどうかはわからないが、初めての肉体労働に疲れ果ててしょぼしょぼして見える師匠を、マユラは抱きあげた。
「あぁ。マユラは一人で暮らせるのだろうが、アンナさんを受け入れて、好きなようにさせてあげているだろう? それは結構難しいことだと俺は思う。君は、優しい人だね」
「わ……」
『おい、マユラ。乙女のような反応をするな。私の見ている前でやめろ』
「していません、していませんよ。レオナードさんが大変おモテになる理由がすごくよくわかりました。私も今後の参考にしなければ。レオナードさんのようにさらりと褒める、これです」
『何の参考にするんだ』
「もちろん商売のですよ」
『お前……そうか、お前は、そうだったな』
非常に呆れたように師匠は嘆息して『平然と、マユラ・グルクリムなど名乗る女だお前は』と呟いた。
「何かおかしなことを言ったかな」
「いいえ、大変ありがたいよいお言葉でした。そうですね、甘える時は甘えようと私も思います。いつも甘える相手がいるわけではありませんから」
「あぁ。俺にも、甘えてほしい」
「はい。明日は採取、一緒によろしくお願いします」
ニワール鳥あつめも終わり、これでいつでも卵を食べることができるようになった。
アンナに任せきりにせず、給餌や卵採集ぐらいは手伝わないといけないと思いながら、マユラは家の中に戻る。
「師匠、ルージュ、今日はお風呂に入りますよ。特に師匠は、鳥を追いかけたせいで汚れましたからね」
『何を平然と、一緒に入るようなことを言うのだ、お前は』
「一緒に入りますけど」
『お前、私の中身がそれはそれは見目麗しい成人男性だということを忘れていないか?』
「五百歳はおじいちゃんですね」
『私を普通の人間と一緒にするな』
何かと文句を言っている師匠ではあるが、最近よく外に出ているせいか薄汚れている。
師匠の体がただのぬいぐるみなのか別の何かなのかはわからないが、全く汚れないというわけではないらしい。
「師匠、マユラと一緒に入ることに問題があるのなら、俺が風呂に入れようか」
『お断りだ』
老若男女に優しいレオナードさん、と、マユラは心の中で呟いた。
リビングルームに向かっていると、廊下の壁からにゅっとアンナが顔を出して、浴室を指で示した。
「マユラちゃん、お夕飯を用意している間にお風呂に入ってね。お洗濯はカゴに入れておいて。アンナさんが明日洗濯をするからね。レオナード君もよ、お母さんに任せておいて」
『出たな、母性の魔物』
「師匠、雑巾みたいに絞って干してあげるわよ」
『お前が幽霊じゃなければすぐに追い出しているものを』
「残念だわ、幽霊なんです私。怖いものなんてないもの、レオナード君が背中に背負っているものは怖いけど」
「そんなにか……」
「そんなによ、レオナード君」
「ふふ、あはは……っ」
いがみあうアンナと師匠の様子に、そして少し落ち込むレオナードの姿に、マユラは思わずふきだした。
つい最近一緒に暮らしはじめたばかりなのに、なんだかすごく仲良しだ。
「……君の笑っている顔を、はじめて見た気がする」
「え、あ……そうですか?」
「あぁ。……すまない。以前も笑っていたか? 笑っていた気がするが、君が楽しそうで、嬉しい」
レオナードは、笑いすぎて目尻に溜まった涙をぬぐっているマユラを、なんだか眩しいものを見るように見つめていた。




